「裏トモ日記」

福岡県糸島半島にて、
器と暮らしのものKurumianを営む
tomokaの海辺暮らし、日々のできごと。








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喫茶去のつづき

 

先日、本棚でふと目に留まった、

ひろさちやさんの「禅がわかる本」の喫茶去のつづき。

 

喫茶去とは簡単に言うと「まあ、お茶でも飲みなさいよ」だそうだけど、

そこには、

 

「あまり真面目になりすぎるなよ」

「こだわりすぎると人生疲れるよ」

 

ということが含まれていて、昔の人も今となんら変わらないのだなと思った。

 

 

わたしの場合、何にこだわりすぎていたかというと、

20代から自営業ということと、テレビや周りの影響を直に受けて、

先々に対する不安、いわゆる「老後不安」に陥っていた。

 

この漠然とした不安にこだわりすぎて、

早く自分ではない何者かにならなくてはならないと思いが強く、

自分に時間やお金の投資をし、学びに費やしてきた。

 

正直なところ、それは悪いことではなく、

むしろ、死ぬまで働く必要があるであろう今の40代にとっては

必要なことだと思っているけれど、何がまずかったかというと、

その思いが強すぎるがゆえに、

何が楽しいのか、何が好きなのかさえ、わからなくなってきていた。

それがわからないから、幸せがどういうものかわかるはずがない。

 

ココロが「今ここにない」状態。

がんばっているつもりなのに、楽しくもなければ幸せでもない。

これがわたしの落とし穴だった。

 

完全な形でそれに気づいたのは、なんと昨年末。

ほんとうに最近のはなし。笑

 

「こだわりすぎると人生疲れるよ」

 

まさにその通りの人生を歩んでいた、意外と真面目だったわたし。笑

喫茶去で深いと思ったのは、

 

お茶を飲むときはゆったりとお茶を飲み

眠るときにはきちんと寝て

遊ぶときは思いっきり遊べ

 

という「今を生きる」智慧が含まれていること。

日本人は真面目すぎるのかも知れない。

その真面目さゆえに、今まで様々なことを成し遂げてきたけれど、

そこには誰かや何かを犠牲にしたり、

人には言えない苦しみはなかっただろうか?

 

「今を生きなさい」

 

長い年月を越えて、禅は教えてくれます。

 

 

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ひらめきタイム

 

ある日の夕暮れ(糸島)。

 

わたしの3大ひらめきタイムはこちら。

 

・台所で洗いものをしているとき

・掃除機をかけているとき

・お風呂に浸かっているとき

 

共通しているのは、さして考え事をしていない時間ということ。

ということは、やっぱり瞑想や座禅がひらめきに良いというのも納得です。

今日は洗いものをしているときに文章が降りてきて(?)

終わってから、慌てて手帳に書き記しました。

 

わが家の隣にある雑木林にて。

 

わたしの場合、

ひらめくには、あらかじめ「目標となるものの設定」が必要で、

一度設定したら、あとは脳(潜在意識)が自動で答えを探しに行くそうなので、

気づいた時くらいしか考えることはなく(手放す)、

顕在意識の活動がにぶる上記の時間帯に、ピピピ!とひらめくみたいです。

 

脳(潜在意識)が自動で答えを探しに行く。というのは本当で、

たとえば「台湾」と設定すると、台湾の情報ばかり集まってくる。

(台湾の情報が知らず知らずの内に次々目に留まっている状態)

 

なので、先々やりたいことや夢を設定して、執着せず手放しておくと、

自動で叶うというのも納得です。(夢の実現には行動が必要ですが)

 

 

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「禅がわかる本」より【喫茶去】編

 

自動代替テキストはありません。

 

なにげなく本棚を見ていたら10年以上前に読んだ本が目についた。

30代の時は「ふーん」だったこの本。

あの時よりも今の方がひとつひとつ身に沁みる。

 

その中の【喫茶去(きっさこ)】のページで印象に残ったこと。

思い当たるフシがありすぎて、ヒリヒリする。

 

日本人は、その真面目さゆえに、

ひとつ「こうだ」と思ったら、

それ以外は「ちがう」と思ってしまう気がする。

それが自分を苦しめる。

黒もあれば白も、グレーもあっていい。と思えるようになれば、

ここでいう「さらりとした人生」が過ごせるはず。きっと。

 

禅が中国から伝来したことが、この気質からもわかる気がする。

 

 

◎まじめに生きようとすれば、

自分の生き方と他人の生き方を比べてしまいます。

不まじめに生きている(ように見える)人を糺弾し、

あんな生き方はよくないと他人を裁くはめになります。

だが、やがて、わたしたちは人生に疲れます。

 

◎わたしたちが何かに価値の基準を置くと、

今度はその何かがわたしたちを拘束します。

 

◎人生はさらりと生きること。

 

 

 

画像に含まれている可能性があるもの:テキスト

 

この本の前半に、とっても好きなフレーズがあります。

 

禅とは「ゴミを落とすな!」というものではありません。

そうではなく、むしろ、

「ゴミを気にするな!」というものです。

わたしたちはゴミに対してこだわりを持っています。

ゴミを汚い、汚いと思っています。でも、仏教は、

ゴミを汚いと思うその心のほうが汚いと言っているのです。

それが「空」ということです。

 

ひろさちや

 

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大根と長ネギで

 

画像に含まれている可能性があるもの:食べ物

 

ご近所さんから大根を、お客様から立派な青ネギをたくさん頂いたので、

豚肉と炒めましたブラックペッパーたっぷり❤

 

自動代替テキストはありません。

 

ご近所さんからハンナにと頂いたお年玉❤

封も切っていないのに中身がわかるらしく、

「はやくあけて〜〜」とハヒハヒ大騒ぎ

 

 

うちのごはん | permalink | - | -

幸福論ノートはじめます

 

世界の人口は、74億5千万人いるらしい。

どの国の人も、あの人もこの人も、

素敵な事業も、逆にどんなに汚いやり方だろうと、

辿れば人類の目的とはすべて「幸福になるため」に

日々を生きているのだそうだ。

 

なのに「今、幸せですか?」と聞かれたら、

何パーセントの人が「幸せです!」と答えるだろう?

 

そして、自分はどうなのか?

心から「幸せです!」と言えるだろうか?

言えないとしたら、それはなぜだろうか?

 

以前もこのブログで書いた「本当の幸せ」について、

絶対的幸福感を感じるにはどうすればよいのか?

自分が見聞きしたことをはじめ、体感したことなどを

これから備忘録としてノートのように綴っていこうと思う。

 

-------------

 

ブータンや北欧では、経済規模や宗教的な違いがあるにも関わらず、

幸せを実感している人が多いのは周知のとおり。

幸福について研究しているデンマーク人のMeik Wiking氏によると、

人間が感じる幸せには以下の7つの要素があるとのこと。

 

・Trust(信用)

・Security(安全)

・Wealth(豊かさ)

・Freedom(自由)

・Democracy(民主主義)

・Civil Society(市民社会)

・Balance(バランス)

 

彼によると、デンマーク人は極端な不幸を感じている人はいないらしい。

それは高い福祉制度により、将来のセーフティネットがあることで、

不安を感じやすい低所得者の幸福度が高いのだそう。

 

そして、ある一定の所得まで達すると、幸福感は飽和状態になるとのこと。

 

デンマークの高所得者は、

「貧しい人に出来るだけお金を回して、みんなで幸せになろう!」

という価値観があるのだそうだ。

20%以上の消費税でも(その他税金を含めると大変な額になりそう)

根底に老後不安のない高福祉制度とその価値観があるから、

ネガティブな要素はないのかと思いきや、、、

 

国に頼れるので人を頼らず、つながる必要もないので、

コミュニケーションが減り、孤独を感じている人もいるとのこと。

これが自殺者の多さにもつながるのではないかとも。

 

しかし、コミュニケーションの一環として、子どもだけでなく、

おとなも習い事をしている人が多いそうで、

家庭や会社の輪を越えて、あえて違う複数の輪と関わることは、

コミュニケーションが広がり、柔軟に影響を受けた思考は

物事を幅広く考えられるようになり、より生きやすくなると思う。

(なぜなら、幸福とはひとりで感じ続けられるものではないから)

 

そして、デンマーク人は仕事は家族を養うためだけではなく、

仕事そのものに目的を見出している人が多い。のだそうだ。

それが生きること、人生の充実感につながる。

 

さらに、労働時間は週37時間にも関わらず、

GDPは日本の1.7倍!

 

日本でも昨年くらいから働き方改革がはじまっているけれど、

それは彼の言う「バランス」であり、

限られた時間でどのように働くか、金銭的な目的以外に、

その仕事に目的を見出すことは、長期的な真の豊かさにつながると思った。

 

人は生きるためではなく、

もっと意味のある何かのために働くことで、

長期的な幸せを感じる生き物である。

 

人類が物質や境界線から自由になれば、

無駄な争いごとがなくなっていく。

 

Meik Wiking

Happiness Research Institute

代表取締役社長

 

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ソックスすごいぜ!

 

画像に含まれている可能性があるもの:火、犬

 

昨日も気温1℃の中、ハンナの散歩で近くの海へ。

相変わらず今日もサンダルだけど、靴下は重ねばきしているので全然大丈夫

ソックスすごいぜ!(昆虫すごいぜ!に感化されている)

 

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真冬のサンダル

 

画像に含まれている可能性があるもの:海、空、山、犬、屋外、自然、水

 

只今の気温1.6℃。

2年前の−4℃の時よりはマシだと思い、サンダルで来てしまった、、、

すでに足の感覚がない

思わず、今日のブログはAKBの曲にありそうなタイトルを付けてしまった。笑

寒いの大好きハンナ!誰もいない砂浜を掘って掘って掘りまくる〜〜

 

画像に含まれている可能性があるもの:山、空、屋外、自然、水

 

自動代替テキストはありません。

 

画像に含まれている可能性があるもの:靴

 

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寒波到来

 

先日放送された、さんま&玉緒の夢かなえたろかで、

チアダンが恩師にサンボマスターの生演奏で踊るという夢の企画を見て、

完全に涙腺崩壊しわんわん泣く、もうすぐ44歳のわたし。笑

懲りずに、youtubeで再度見るもまた泣くという、、、

以来、サンボマスターの「できっこないを、やらなくちゃ」が頭の中をぐるぐる

回っとります。これほど元気でる曲ないなあ〜!

 

画像に含まれている可能性があるもの:犬

 

今日は福岡にも寒波到来。

雪と風がビュービューの外を見て、

「おそとであそびたいなー」と退屈そうなハンナ。

(今日もちゃんとお散歩行ってるんですが、、、)

 

画像に含まれている可能性があるもの:座ってる(複数の人)、植物、屋外

 

画像に含まれている可能性があるもの:座ってる(複数の人)、木、屋外、自然

 

雪風の中、ガタン!と音がしたかと思ったら、

蜂の巣箱があらわな姿に、、、

しかし、蜂が入居しているのは左の巣箱だけ。

ホッと胸をなでおろしつつ、修理に向かう夫。

 

わが家のニホンミツバチたちは、

冬の間もお天気で暖かい日は、せっせと蜜を探しに行っています。

今日みたいな日は、巣箱の中で寄せ合いじーっとしているそうですが、

先日、夫がのぞいて見ると、大群に威嚇されたとのこと。

今年もなかなかたくましい猛者揃いでよい。笑

 

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ご報告

 

 

台湾在住のご夫妻から有難いご縁をいただき、

今年5月に台湾で個展をさせて頂くことになりました。

 

昨年12月の中旬に風邪をひいて寝込んでいたときに、

てのひらさんちのキウイしか食べられずの1週間。

痩せただけでなく、思考まで変わり、

様々なことを手放すきっかけになりました。

 

年末は仕事と掃除をして過ごし、

玄関にはお隣さんからいただいた注連縄と、

ご近所三社参りでいただいた笹を飾り、

例年になく清らかな気持ちで過ごしたお正月。

 

三が日が過ぎ、1/4の夜。

台湾より個展開催のご連絡をいただきました。

不思議と心は落ち着いていて、

準備のひとつひとつを楽しみ、

味わいながらやっていこうと思います。

 

なぜなら、

個展の開催だけがわたしの夢や目標ではないからです。

 

以前、わたしが表現活動をしている理由を「自由」のためだと

書いたことがありますが、結果それが何に繋がっているかというと、

「真のしあわせ」であり、

それは何かを知り、誰もがそうなるためです。

 

なんだか、スケールの大きな話になりそうですが、

「真のしあわせ」を追い求めるのは今始まったことではなく、

幼少の頃からずっと「ふつうのおうちにうまれたかった」と

言っていたらしいわたしの願いそのものだからです。

 

誰かと比べたり、焦ったり、

自分以外の何者かになろうとするのではない、

自分の能力や持つものを存分に生かせる世界、

 

真のしあわせにみんなでなる。

 

このことを伝えるひとつの方法としての表現活動。

それはアートであったり、文章であったり。

この国だけでなく、

ご縁があれば、ほかの国で活動していくかも知れません。

そのはじまりとして、今年大好きな台湾からスタートします。

 

わたしは日本人ですが、

なぜか幼いころからずっと窮屈さを感じていました。

一昨年DNA検査をしてルーツが中国南部だと分かり、

やっぱりそうだと、点と点が繋がった気がしました。

生まれも国籍も日本ですが、アジア人というほうがしっくりします。

 

なので、アジア人として誰もが実感できる真のしあわせのために

活動していきたい。最初のスタートとして表現の場を与えてくださる

台湾在住のDさんご夫妻に、心からの感謝を込めて御礼申し上げます。

 

そして、実はくるみあんも同じなのだと、この新年営業の4日間に実感

しました。(おみくじをして気づきました!)

くるみあんも表現活動も、誰かの仕事も、あなたの暮らしも、

すべてはひとつに繋がっている。

しあわせはひとりではなれない(ひとりで感じるしあわせは一時的なもの)

「みんなでなる」ものだと信じています。

 

わたしはくるみあんとして、表現者として、ひとつに固執することなく、

場所にこだわることなく、これからも学び、活動していきます。

 

 

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JOYカード

 

画像に含まれている可能性があるもの:室内

 

仕事はじめの昨日。

お客様に新しく出来たという【オパ】のJOYカードを体験させて頂くと、

ビックリするほど当たってる!想像通りだったので安心して思う道を進めます❤

このJOYカードは4月まで無料で体験できるそうです♪

(余談ですが、この投稿を打ってるところ以前夢で見た、、、)

 

 

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三社参り

 

 

今朝、海への散歩のあと、ハンナも一緒にご近所三社参りへ。

地元の小さな神社だけど、どこも綺麗にお手入れされ、

清らかな空気が流れていました。

おみくじの内容が今のわたしのようで深かった、、、笑

 

 

車大好きハンナ。人間みたいに座席にちゃんと座って、じーっとしてます。

 

 

元旦、2日と飲みすぎで顔がむくんでます。

さすがに今日は飲まずにいたら、朝から軽い頭痛が。笑

 

 

どこの神社も手入れが行き届いて、本当に気持ちがいい。

しかし、生松天神社も綿積神社も、かなり老朽化が進んでいてるので、

神社の改修費用の足しになればと思い、御賽銭は例年より多くお出ししました。

 

 

あせらずさわがず。笑

 

 

神社からいただいた笹は玄関に。

 

 

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始まりと終わり

 

昨夜のめちゃイケを観て不覚にも涙が出てしまった。

中居くんの1歳下なので彼らと同世代の目線で観ていた。

 

日本一周旅の途中沖縄で「20年後にまたみんなで日本一周しよう」

と中居くんが言った時、福岡で華大と5人トークしていた時、

解散したSMAPと、これから終わるめちゃイケに、

【始まりには必ず終わりがある】というある人の言葉を思い出した。

 

同じ世代の人たちが、ひとつの幕を下ろし、下ろそうとしている。

 

同世代として自分を重ねた時、

わたしも自分の中で昨年終えたものがある。

 

40代は変化の時。20年後、そのまた20年後ももし生きていたら、

表に出せない辛さも、孤独と戦った日々も、

なぜかきっと良い思い出になる気がしている❤ 

見た目には何も変わっていないけれど、2018年からは新しいわたし。

 

はじまりがあれば終わりがある。

終わりがあればはじまりがある。

はじまりのあの新鮮な光は何度感じてもいい。

 

 

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年末〜お正月

 

画像に含まれている可能性があるもの:犬

戌年ハンナ先生。

 

年末は、レコ大でのピンクレディーに感動し、

(おふたりとも還暦なのだそう!まさか3歳の時に見たピンクレディーを

40年後にまた現役で見られるなんて、、、いつでも歌って踊れる準備が

出来ているピンクレディーのおふたりにプロの根性を見ました)

 

荻野目洋子と登美丘高校ダンス部に釘付けになり、

録画していたBSの安室奈美恵のドキュメンタリーを見て、

職人的な仕事をする彼女のファンになったり、

 

正月料理を作りながら、

大晦日は、ガキの使いを観たい夫と、RIZINを観たいわたしとの

チャンネル争奪戦を繰り広げ(RENAがまさかの敗退で本気で落ち込む)

気づけば元旦となり、近所のお寺の鐘の音を聞きながら眠りにつくという、

なんとも心地の良い夜を過ごしました。

 

自動代替テキストはありません。

 

ようこそ年神様。今年の注連縄は、お隣さんに作っていただきました

空間が凛として背筋が伸びます。

 

画像に含まれている可能性があるもの:食べ物

 

元旦は朝から美味しくお酒や御雑煮などをいただき、のんびり過ごすはずが、

急におしること煮卵が食べたくなり作り出した午後。わが家の煮卵は紹興酒や

オイスターソース、にんにく、唐辛子入りの中華風です。

 

画像に含まれている可能性があるもの:食べ物

 

甘さスッキリめのおしるこ。土鍋は早く出来るから嬉しいな。

暮れにご近所さんからたくさんつきたてのお餅を頂いたので、

今日はお雑煮とお汁粉で6個も食べました!

器は永平寺モデルの漆の応量器。心身ともに満たされます。

 

画像に含まれている可能性があるもの:夜、空、木、屋外、自然

 

宵にふと外に出ると、スーパームーン並に大きくて明るい満月が!

(その後、この日の深夜がスーパームーンと知りました)

2018年でもっとも大きな満月だそうです。なんかいいことありそうな予感

 

自動代替テキストはありません。

 

ハンナのおでこ?に1本だけ長い宝毛を発見

お正月から縁起がいいね

 

黙々とたくさんの本を読んで過ごした12月。

絶対的幸福感という言葉に出合って、その直前のわたしと直後のわたしが

別人じゃないかと思うほど変わった気がする。

 

今まで先のことばかり考えすぎていたなと思う。

これからは、好きなことややりたいことを、ひとつひとつ淡々と確実にやって

いくだけ。そう決めたら、おかしな情報には振り回されなくなるし、

青空はいつもより美しく、食べるものはいつもより美味しくなるから不思議。

惑うことはもう何もない。はず。笑

 

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2作品掲載しました。

 

店頭でお尋ねいただくこと度々。今年の作品は今年のうちに。

2作品WEB掲載しました。https://thac.theshop.jp/

 

画像に含まれている可能性があるもの:テキスト

 

 

 

 

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絶対的幸福感

 

 

 

「ココロから好きなことをする」

 

なぜこれがしあわせに繋がるかというと、

それは仏教で言うところの「絶対的幸福感」だから。

 

ココロから好きなことを持つ人は、それだけでしあわせだ。

(好きに理由はない。というのは素晴らしい答えだと思う)

日々それをやりさえすれば、自分と周りを満たし、貢献することもでき、

絶対的幸福感を得られるのだもの。

 

「好きなこと」でも、何かや誰かと比べての好きだったり、

お金を得ることだけが目的の好きだったりすると、

それは本当のしあわせを感じにくい「相対的幸福感」なのだそうだ。

 

他人との優劣は上には上がいるから永遠に満たされない。

今この世の9割以上の人が、この相対的幸福感の中にいるらしい。

 

わたしはずっと「しあわせ」とは何なのか?を考えてきた。

先々好きなことをやるための今をがんばり続けていったところで、

先々にしあわせになるという保証はなにもない。

 

今しあわせでなければ、先々にしあわせなはずがない。

 

周りのことは気にしない、

小さなことひとつからでいい、

ココロから好きだと思うものを数珠のように繋げていく。

絶対的幸福感は、もしかしたらもうすでに自分の中にあって、

ただ気づいていないだけなのかも知れない。

それを探す旅が人生なのかも。

 

 

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