「裏トモ日記」

福岡県糸島半島にて、
器と暮らしのものKurumianを営む
tomokaの海辺暮らし、日々のできごと。








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尊敬される糸島市?

 

昨日、地元ニュースで糸島市長市議選挙のある候補者が

「周りから尊敬される糸島市に!」

と熱弁を振るっていた。正直そんなことどうでもいい。

なぜなら、その候補者の目線に先に市民がいないからだ。

 

なぜ周りから尊敬されなくちゃいけないの?

市民が心から誇りを持って住める街ならば、評価は自然についてくる。

糸島市って、最近メディアにも頻繁に取り上げられているせいか、

周りからどう見られているのか、すごく意識している気がする。

 

本当の意味での住みよい街にしたいのなら、

浮ついた気分はもうそろそろ終わりにして、

目立つ案件ばかりじゃなく、地味な案件をこなしていくという、

足元を固めないといけない時期に来ていると思う。

 

市民も派手なこと、耳ざわりの良いことに流されず、

しっかりと観察眼を鍛えること。

自分の考えを持つこと。

もの言う、行動する市民になること。

自分たちの小さな力も、大きな力になると信じること。

 

選挙のたびに、毎回やるせない気持ちになる。

このずらっと並ぶ候補者の中に、

真の志を持った政治家は何人いるのだろうか?と。

 

 

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人脈とは

 

共感したり影響を受けたものは、かならずソースを記載したいのだけど、

触れる情報があまりに多くて、何で知ったのか忘れてしまいましたが、

以前、人脈について大共感したものがこちら。

 

人脈とは、自分が付き合いたいと思うより、

相手が自分と付き合うと何を得するのかだ。

 

これはもう絶対そうだと思いました。

自分は相手に何もして差し上げないで、

相手からは何かを頂こうなんて都合が良すぎるし、

それを相手は初対面で見抜いています。

 

逆に、ぐんぐん物事が動き回っている方を見回してみると、

 

そもそも人脈なんて全く意識しておらず、

人が喜ぶことそのものが大好きだったり、

見返りなんて求めずに相手のために一肌脱げる人。

 

そこに、計算高さとか、あざとさがない。

そんな人ばかりです。

 

 

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豊かさとは何か

 

 

店舗の窓から見える風景。

久々に陽が降り注いで気持ち良さそうな畑と雑木林

梅のつぼみも膨らんできて春はもうすぐです。

 

今日は朝からまぶしいほどの青空!

ハンナと一緒に海へ散歩に行った時、暖かいこともあって、

久々に砂浜で意識を波の音にまかせてしばしの瞑想タイム、、、

 

瞑想って(その筋の方には怒られるかもしれませんが。笑)

スピリチュアルでもなんでもなくて、

毎日動きに動いている顕在意識にちょっとお休みしてもらう時間で、

そうすると何が起きるかというと、潜在意識がひょっこり顔を出し、

思いもよらないアイディアや、ひらめきを与えてくれてます。

(わたしのような職業には本当にありがたいです)

 

わたしの場合、言葉がどこからか降ってくる感じで、

今日は「本当の豊かさとはなにか」というお題が降ってきました。

 

ないものを探すのではなく

あるものをリストアップせよ

 

と何者からか言われたので(笑)

ハンナと波打ち際を歩きながら、

ぶつぶつと「あるもの」について考えていたら、

 

目の前の冬の海の美しさに、

無邪気なハンナの可愛さに、

 

次から次に、驚くほどたくさん出てきて、

こうやって息が吸えている当たり前のことにさえ、

豊かさを感じている自分がいて、さらに驚きました。

ココロが満ちるとはこういうことか。

 

満ちてあふれた時に、

人は誰かにそれをお裾分けできるのかも知れない。

だから、まず自分が満ちる。

自らが満ちてこそ、他人にやさしくあたたかく、

誰かの成功も共に喜ぶことができるのだと。

 

今日、新しいご縁をいただいた

フェアトレード団体の方とお話ししていて思ったのだけど、

 

彼らは金銭的で言うと貧しい国々の人なのかも知れない。

でも、それは「金銭的」という価値観から見た場合で、

(もちろん教育や夫婦間など、彼らには多くの問題も抱えているけれど)

違う面からみると、実は彼らのほうが豊かな面があるかも知れないと。

 

支援をして「あげる」という上からの立場ではなく、

物質面に限らないその豊かさを「お裾分けしていただく」という視点が、

ほんとうのフェアトレードではないだろうか、、、とも。

 

ほんとうの「豊かさ」とは何か。

それはそれぞれが持つ価値観で大きく変わる。

暮らしのひとつひとつに、もちろんお金は必要だ。

しかし、お金だけではかれない豊かさがあることも事実。

多様な価値観を持てる自分。これが豊かさの源泉なのかも知れない。

 

 

お隣さんにお借りしている畑にて。

昨年秋に収穫した稲藁を刻んで土に漉き込み、

微生物に分解発酵してもらいます

 

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竹筒茶をめぐる

 

 

今日、ご近所のTさんが屋久島のヘイさん&アキさんを連れてご来店。

みなさん旅人なので、アジアの話で盛り上がったのだけど、

ヘイさん&アキさんは屋久島に住まいながら、ヒマラヤで村を作っている

途中なのだとか!

 

ちょうど数日前に、偶然目にした記事に、

わたしの母方のDNAグループは「エベレストを南下して中国に渡った」

と知り、地図を見ると、ヒマラヤを舐めるように、

 

ネパール〜ブータン〜ミャンマー〜ベトナム〜中国南部

 

を移動している。

行った事がないにも関わらず気になって仕方ない国々だと彼らに話していたら、

彼らも偶然、その地域に沿って旅をしたとのこと。

 

そして、それらの地域は、土が痩せているせいか発酵食文化が発達していて、

納豆のようなものや、お茶など、独自の方法で発酵させ、

それがとても美味しく、どの国も似通っているとのこと。

 

この話を興味津々で聞いていたら、あちこちを旅している(今日たまたま

糸島に帰ってきている。しかも明日から沖縄)Tさんが、

 

「そういえば、阿波(徳島)に雲南の竹筒茶と似たものがあったよ。

たしか林田さん、お父さんが徳島だったよね?」

 

ぞぞぞ〜〜〜と鳥肌が。笑

店の営業が終わり、家に戻ってすぐに本棚から1冊の本を出すと・・・・・

 

 

あった!!

 

雲南省シーサンパンナの3つの少数民族が作っている竹筒茶。

野生の茶葉を竹筒に入れ、土の中でしばらく発酵させるとのこと。

 

徳島では調査団が雲南省に入り、徳島の阿波晩茶のルーツが

雲南省の竹筒茶ではないかと調査したとのこと。

しかし、なぜ阿波と雲南がつながるのか?という疑問が。

 

以前も書いたとおり、わたしの父方のルーツは阿波忌部で、

彼ら忌部一族は、中国南部から渡来してきたという説がある。

 

大麻、養蚕、織、紙、穀物、船舶(海洋)、建築(神宮)など、

忌部が伝えたものと言われていて、一緒に竹筒茶があっても、

なんら不思議はない。

 

この本(茶葉古道の旅/著:竹田武史)によると、

竹筒茶をつくる雲南の少数民族は、

「原始的な呪術信仰の世界に生きている」そうで、

実は忌部も、かつて天皇に仕え、伊勢神宮をはじめ日本の国家神事を

行ってきた呪術集団といわれている。

(長篠の戦いを描いた屏風には織田軍に彼らの姿も描かれていますが、

背中に六芒星のマークがあるため、忌部のルーツはユダヤという記事を

見かけますが、、、)

 

わたしは、雲南〜阿波の共通点からして、

忌部のルーツは中国南部(雲南)だと思っています。

ちなみに、わたしの祖父や父、叔父さんたちも皆もれなく器用だし、

祖父母の家では、養蚕、農業(雑穀含む)、建築など生業としていた。

ただ、母方も父方もルーツが同じ場所って、、、笑

だからこの地域が気になって仕方ないんだね。自己主張が強い遺伝子だ。

 

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好きに勝るものはなし

 

長いこと語学の勉強?をやっていますが、

まだこの程度かと思うこと度々です。

 

しかし、昨年12月に風邪を引いて寝込んでいた時に

あれこれ気づき、その後の取り組みも含めて、

 

好きに勝るものはなし

 

と実感しました。

特に、中国語に関しては、

ずいぶん若い頃から、なんの兆候もないのに、

「いつか使う日がくる」と思っていて、挫折しては始めるの繰り返し。

一向に上達しない。なぜなら、

 

使う日が来る「だろうから」やらなくちゃ。

 

という状態だったから。

これが今年、台湾で個展を開催することが決まってから、

 

5月に使うからやる。

 

と具体的になったけど、暗記を伴う作業は40代にはつらい。

そこで、視点と設定を変えてみた。

 

上達はおいといて、

中国語そのものを楽しんでみよう。

 

わたしの性格上「楽しい!」と思う時は決まっていて、

 

過去できなかったことが出来るようになった時

 

なので、コツコツやるというよりも、

テキスト1冊を1時間くらいで、全ページめくり(右脳的)

とりあえず、サラサラとどんなことが書いてあるのかを知り、

 

聞いたら音読を繰り返す。

 

さっきまで出来なかった音読が出来たら、すごく嬉しくなるので、

嬉しい気分を維持したまま、しつこく繰り返す。

 

しかし、なにせA型なので、分からない箇所が出てくると

「なんでこうなるんだ?」と、いちいち気になる。

気になってどうしようもない時は、ちゃんと参考書で調べて

スッキリするようにしているけど、そうでもないときは、

どんどん聞いて、どんどん音読する。

 

大量の文章に触れていると、いつの間にか分からない部分が

分かるようになっていた。

(とりあえず右脳に入れとけ的な、脳におまかせ学習)

 

語学は勉強と思うと辛いので、

これは単なる「方法」であり、

ツールとして使えるようになるための作業にすぎないので、

作業そのものの自分なりの楽しみを見つけて、

結果にこだわらず楽しむことに重きを置く。

 

・・・というカンジでやっていると、

明らかに前より記憶力が良くなったから不思議!

 

以前、脳は苦しいことがキライだと(苦しいと動きが悪くなる)

なにかの本で読んだことがあったので、

快(楽しい)状態にすれば、動きが良くなるのは当たり前!

 

語学に限らず、すべての行為は、

誰かが楽しくしてくれるのを待つんじゃなくて、

自分から楽しくなる。これに尽きると思いました。

 

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沁み入るふたつ

 

自動代替テキストはありません。

 

年に1〜2回ほど、【オパ】セラピストの吉本さんに、

その時の自分に合う精油とリーディングして頂いています

 

今回選んでくださったのは【フランキンセンス】。

大好きな精油だし、いつもの瞑想の時にも使えて嬉しいな

リーディングの内容も今の自分にピッタリ!

※リーディングの内容はこの倍くらいあります。

 

自動代替テキストはありません。

 

少し前にラジオを聴いていて、偶然流れてきた糸島在住のmonさんの曲

【言葉にできない願いごと】に涙腺崩壊。CMとはまた違う、

monさんの少しハスキーで透明感あふれる伸びやかな声に参ってしまい、

すぐにCDを探すと前原のここのきさんで販売されているのを発見!

今朝行ってきましたお取置きしてくださっていてありがたかったです♪

このアルバムは、どれもココロに沁み入る曲ばかり

ご興味おありの方がいらっしゃいましたら、その時は店舗で流しますね。

 

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喫茶去のつづき

 

先日、本棚でふと目に留まった、

ひろさちやさんの「禅がわかる本」の喫茶去のつづき。

 

喫茶去とは簡単に言うと「まあ、お茶でも飲みなさいよ」だそうだけど、

そこには、

 

「あまり真面目になりすぎるなよ」

「こだわりすぎると人生疲れるよ」

 

ということが含まれていて、昔の人も今となんら変わらないのだなと思った。

 

葉脈だけになったクヌギの葉。思わず庭で美しさにみとれる。

 

わたしの場合、何にこだわりすぎていたかというと、

20代から自営業ということと、テレビや周りの影響を直に受けて、

先々に対する不安、いわゆる「老後不安」に陥っていた。

 

この漠然とした不安にこだわりすぎて、

早く自分ではない何者かにならなくてはならないと思いが強く、

自分に時間やお金の投資をし、学びに費やしてきた。

 

正直なところ、それは悪いことではなく、

むしろ、死ぬまで働く必要があるであろう今の40代にとっては

必要なことだと思っているけれど、何がまずかったかというと、

その思いが強すぎるがゆえに、

何が楽しいのか、何が好きなのかさえ、わからなくなってきていた。

それがわからないから、幸せがどういうものかわかるはずがない。

 

ココロが「今ここにない」状態。

がんばっているつもりなのに、楽しくもなければ幸せでもない。

これがわたしの落とし穴だった。

 

完全な形でそれに気づいたのは、なんと昨年末。

ほんとうに最近のはなし。笑

 

「こだわりすぎると人生疲れるよ」

 

まさにその通りの人生を歩んでいた、意外と真面目だったわたし。笑

喫茶去で深いと思ったのは、

 

お茶を飲むときはゆったりとお茶を飲み

眠るときにはきちんと寝て

遊ぶときは思いっきり遊べ

 

という「今を生きる」智慧が含まれていること。

日本人は真面目すぎるのかも知れない。

その真面目さゆえに、今まで様々なことを成し遂げてきたけれど、

そこには誰かや何かを犠牲にしたり、

人には言えない苦しみはなかっただろうか?

 

「今を生きなさい」

 

長い年月を越えて、禅は教えてくれます。

 

 

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ひらめきタイム

 

ある日の夕暮れ。糸島市志摩桜井より可也山方向を望む。

 

わたしの3大ひらめきタイムはこちら。

 

・台所で洗いものをしているとき

・掃除機をかけているとき

・お風呂に浸かっているとき

 

共通しているのは、さして考え事をしていない時間ということ。

ということは、やっぱり瞑想や座禅がひらめきに良いというのも納得です。

今日は洗いものをしているときに文章が降りてきて(?)

終わってから、慌てて手帳に書き記しました。

 

わが家の隣にある雑木林にて。

 

わたしの場合、

ひらめくには、あらかじめ「目標となるものの設定」が必要で、

一度設定したら、あとは脳(潜在意識)が自動で答えを探しに行くそうなので、

気づいた時くらいしか考えることはなく(手放す)、

顕在意識の活動がにぶる上記の時間帯に、ピピピ!とひらめくみたいです。

 

脳(潜在意識)が自動で答えを探しに行く。というのは本当で、

たとえば「台湾」と設定すると、台湾の情報ばかり集まってくる。

(台湾の情報が知らず知らずの内に次々目に留まっている状態)

 

なので、先々やりたいことや夢を設定して、執着せず手放しておくと、

自動で叶うというのも納得です。(夢の実現には行動が必要ですが)

 

 

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「禅がわかる本」より【喫茶去】編

 

自動代替テキストはありません。

 

なにげなく本棚を見ていたら10年以上前に読んだ本が目についた。

30代の時は「ふーん」だったこの本。

あの時よりも今の方がひとつひとつ身に沁みる。

 

その中の【喫茶去(きっさこ)】のページで印象に残ったこと。

思い当たるフシがありすぎて、ヒリヒリする。

 

日本人は、その真面目さゆえに、

ひとつ「こうだ」と思ったら、

それ以外は「ちがう」と思ってしまう気がする。

それが自分を苦しめる。

黒もあれば白も、グレーもあっていい。と思えるようになれば、

ここでいう「さらりとした人生」が過ごせるはず。きっと。

 

禅が中国から伝来したことが、この気質からもわかる気がする。

 

 

◎まじめに生きようとすれば、

自分の生き方と他人の生き方を比べてしまいます。

不まじめに生きている(ように見える)人を糺弾し、

あんな生き方はよくないと他人を裁くはめになります。

だが、やがて、わたしたちは人生に疲れます。

 

◎わたしたちが何かに価値の基準を置くと、

今度はその何かがわたしたちを拘束します。

 

◎人生はさらりと生きること。

 

 

 

画像に含まれている可能性があるもの:テキスト

 

この本の前半に、とっても好きなフレーズがあります。

 

禅とは「ゴミを落とすな!」というものではありません。

そうではなく、むしろ、

「ゴミを気にするな!」というものです。

わたしたちはゴミに対してこだわりを持っています。

ゴミを汚い、汚いと思っています。でも、仏教は、

ゴミを汚いと思うその心のほうが汚いと言っているのです。

それが「空」ということです。

 

ひろさちや

 

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大根と長ネギで

 

画像に含まれている可能性があるもの:食べ物

 

ご近所さんから大根を、お客様から立派な青ネギをたくさん頂いたので、

豚肉と炒めましたブラックペッパーたっぷり❤

 

自動代替テキストはありません。

 

ご近所さんからハンナにと頂いたお年玉❤

封も切っていないのに中身がわかるらしく、

「はやくあけて〜〜」とハヒハヒ大騒ぎ

 

 

うちのごはん | permalink | - | -

幸福論ノートはじめます

 

世界の人口は、74億5千万人いるらしい。

どの国の人も、あの人もこの人も、

素敵な事業も、逆にどんなに汚いやり方だろうと、

辿れば人類の目的とはすべて「幸福になるため」に

日々を生きているのだそうだ。

 

なのに「今、幸せですか?」と聞かれたら、

何パーセントの人が「幸せです!」と答えるだろう?

 

そして、自分はどうなのか?

心から「幸せです!」と言えるだろうか?

言えないとしたら、それはなぜだろうか?

 

以前もこのブログで書いた「本当の幸せ」について、

絶対的幸福感を感じるにはどうすればよいのか?

自分が見聞きしたことをはじめ、体感したことなどを

これから備忘録としてノートのように綴っていこうと思う。

 

-------------

 

ブータンや北欧では、経済規模や宗教的な違いがあるにも関わらず、

幸せを実感している人が多いのは周知のとおり。

幸福について研究しているデンマーク人のMeik Wiking氏によると、

人間が感じる幸せには以下の7つの要素があるとのこと。

 

・Trust(信用)

・Security(安全)

・Wealth(豊かさ)

・Freedom(自由)

・Democracy(民主主義)

・Civil Society(市民社会)

・Balance(バランス)

 

彼によると、デンマーク人は極端な不幸を感じている人はいないらしい。

それは高い福祉制度により、将来のセーフティネットがあることで、

不安を感じやすい低所得者の幸福度が高いのだそう。

 

そして、ある一定の所得まで達すると、幸福感は飽和状態になるとのこと。

 

デンマークの高所得者は、

「貧しい人に出来るだけお金を回して、みんなで幸せになろう!」

という価値観があるのだそうだ。

20%以上の消費税でも(その他税金を含めると大変な額になりそう)

根底に老後不安のない高福祉制度とその価値観があるから、

ネガティブな要素はないのかと思いきや、、、

 

国に頼れるので人を頼らず、つながる必要もないので、

コミュニケーションが減り、孤独を感じている人もいるとのこと。

これが自殺者の多さにもつながるのではないかとも。

 

しかし、コミュニケーションの一環として、子どもだけでなく、

おとなも習い事をしている人が多いそうで、

家庭や会社の輪を越えて、あえて違う複数の輪と関わることは、

コミュニケーションが広がり、柔軟に影響を受けた思考は

物事を幅広く考えられるようになり、より生きやすくなると思う。

(なぜなら、幸福とはひとりで感じ続けられるものではないから)

 

そして、デンマーク人は仕事は家族を養うためだけではなく、

仕事そのものに目的を見出している人が多い。のだそうだ。

それが生きること、人生の充実感につながる。

 

さらに、労働時間は週37時間にも関わらず、

GDPは日本の1.7倍!

 

日本でも昨年くらいから働き方改革がはじまっているけれど、

それは彼の言う「バランス」であり、

限られた時間でどのように働くか、金銭的な目的以外に、

その仕事に目的を見出すことは、長期的な真の豊かさにつながると思った。

 

人は生きるためではなく、

もっと意味のある何かのために働くことで、

長期的な幸せを感じる生き物である。

 

人類が物質や境界線から自由になれば、

無駄な争いごとがなくなっていく。

 

Meik Wiking

Happiness Research Institute

代表取締役社長

 

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ソックスすごいぜ!

 

画像に含まれている可能性があるもの:火、犬

 

昨日も気温1℃の中、ハンナの散歩で近くの海へ。

相変わらず今日もサンダルだけど、靴下は重ねばきしているので全然大丈夫

ソックスすごいぜ!(昆虫すごいぜ!に感化されている)

 

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真冬のサンダル

 

画像に含まれている可能性があるもの:海、空、山、犬、屋外、自然、水

 

只今の気温1.6℃。

2年前の−4℃の時よりはマシだと思い、サンダルで来てしまった、、、

すでに足の感覚がない

思わず、今日のブログはAKBの曲にありそうなタイトルを付けてしまった。笑

寒いの大好きハンナ!誰もいない砂浜を掘って掘って掘りまくる〜〜

 

画像に含まれている可能性があるもの:山、空、屋外、自然、水

 

自動代替テキストはありません。

 

画像に含まれている可能性があるもの:靴

 

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寒波到来

 

先日放送された、さんま&玉緒の夢かなえたろかで、

チアダンが恩師にサンボマスターの生演奏で踊るという夢の企画を見て、

完全に涙腺崩壊しわんわん泣く、もうすぐ44歳のわたし。笑

懲りずに、youtubeで再度見るもまた泣くという、、、

以来、サンボマスターの「できっこないを、やらなくちゃ」が頭の中をぐるぐる

回っとります。これほど元気でる曲ないなあ〜!

 

画像に含まれている可能性があるもの:犬

 

今日は福岡にも寒波到来。

雪と風がビュービューの外を見て、

「おそとであそびたいなー」と退屈そうなハンナ。

(今日もちゃんとお散歩行ってるんですが、、、)

 

画像に含まれている可能性があるもの:座ってる(複数の人)、植物、屋外

 

画像に含まれている可能性があるもの:座ってる(複数の人)、木、屋外、自然

 

雪風の中、ガタン!と音がしたかと思ったら、

蜂の巣箱があらわな姿に、、、

しかし、蜂が入居しているのは左の巣箱だけ。

ホッと胸をなでおろしつつ、修理に向かう夫。

 

わが家のニホンミツバチたちは、

冬の間もお天気で暖かい日は、せっせと蜜を探しに行っています。

今日みたいな日は、巣箱の中で寄せ合いじーっとしているそうですが、

先日、夫がのぞいて見ると、大群に威嚇されたとのこと。

今年もなかなかたくましい猛者揃いでよい。笑

 

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ご報告

 

 

台湾在住のご夫妻から有難いご縁をいただき、

今年5月に台湾で個展をさせて頂くことになりました。

 

昨年12月の中旬に風邪をひいて寝込んでいたときに、

てのひらさんちのキウイしか食べられずの1週間。

痩せただけでなく、思考まで変わり、

様々なことを手放すきっかけになりました。

 

年末は仕事と掃除をして過ごし、

玄関にはお隣さんからいただいた注連縄と、

ご近所三社参りでいただいた笹を飾り、

例年になく清らかな気持ちで過ごしたお正月。

 

三が日が過ぎ、1/4の夜。

台湾より個展開催のご連絡をいただきました。

不思議と心は落ち着いていて、

準備のひとつひとつを楽しみ、

味わいながらやっていこうと思います。

 

なぜなら、

個展の開催だけがわたしの夢や目標ではないからです。

 

以前、わたしが表現活動をしている理由を「自由」のためだと

書いたことがありますが、結果それが何に繋がっているかというと、

「真のしあわせ」であり、

それは何かを知り、誰もがそうなるためです。

 

なんだか、スケールの大きな話になりそうですが、

「真のしあわせ」を追い求めるのは今始まったことではなく、

幼少の頃からずっと「ふつうのおうちにうまれたかった」と

言っていたらしいわたしの願いそのものだからです。

 

誰かと比べたり、焦ったり、

自分以外の何者かになろうとするのではない、

自分の能力や持つものを存分に生かせる世界、

 

真のしあわせにみんなでなる。

 

このことを伝えるひとつの方法としての表現活動。

それはアートであったり、文章であったり。

この国だけでなく、

ご縁があれば、ほかの国で活動していくかも知れません。

そのはじまりとして、今年大好きな台湾からスタートします。

 

わたしは日本人ですが、

なぜか幼いころからずっと窮屈さを感じていました。

一昨年DNA検査をしてルーツが中国南部だと分かり、

やっぱりそうだと、点と点が繋がった気がしました。

生まれも国籍も日本ですが、アジア人というほうがしっくりします。

 

なので、アジア人として誰もが実感できる真のしあわせのために

活動していきたい。最初のスタートとして表現の場を与えてくださる

台湾在住のDさんご夫妻に、心からの感謝を込めて御礼申し上げます。

 

そして、実はくるみあんも同じなのだと、この新年営業の4日間に実感

しました。(おみくじをして気づきました!)

くるみあんも表現活動も、誰かの仕事も、あなたの暮らしも、

すべてはひとつに繋がっている。

しあわせはひとりではなれない(ひとりで感じるしあわせは一時的なもの)

「みんなでなる」ものだと信じています。

 

わたしはくるみあんとして、表現者として、ひとつに固執することなく、

場所にこだわることなく、これからも学び、活動していきます。

 

 

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