「裏トモ日記」

福岡県糸島半島にて、
器と暮らしのものKurumianを営む
tomokaの海辺暮らし、日々のできごと。








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俵万智のことば。

 

 

 

俵万智さんのことばは、歌だけではなく、ありとあらゆるものづくりに言える。

 

深いものを作ろうと思えば、深く生きなければならない。

 

#俵万智 #新刊 #牧水の恋 #西日本新聞 #朝刊

 

 

 

ここ数年「何者かにならなければならない」と思い込む人が増えている

ひとつの原因は、SNSが一般に普及したからだと思う。

自分と誰かを比べて、そうなりたい、ああなりたいと思うことは、

決して悪いことではないと思うのだけど、そこになぜ違和感を感じるのか。

 

都会から糸島に移住してきた人の中で、残念だな、気の毒だなと思ったのが、

糸島なのに、都会の暮らし方そのままで苦しそうな人がいるということ。

まわりの住人とは揉め、まったく手入れしない庭や畑は荒れ、

家に篭っていたかと思えば街に出て楽しむ。

・・・その人たちはなぜ糸島に移住してきたのだろう?

 

それはきっと、

都会では成り得なかった「何者かになろう」としていたからではないかと。

自分の理想と本能との乖離に気づいていないからではないか。

糸島で何者かになるというのは、田舎の暮らしそのものが好きでないと、

それは叶わぬ夢なのだ。

 

「何者かになる」のではなくて、

好きなことややりたいことを夢中でやっていたら、本人も知らぬうちに

「何者かになっていた」というのが正しいのではないか。

 

逆に言うと、夢中になれるものがないのなら、何者かになんてならなくても

いいのだし、今をどうしたら楽しめるのかに重きを置いたほうがいいと思った。

 

そういうわたしも向上心が高すぎて、常にここではないどこかを見る癖がある。

幼い頃から「人と違ったことをやる」ことに肯定的で熱心だった両親の影響も

あるだろう。その利点は、自分の意見を持てることと、それを否定されることを

恐れない性格になったことだと思うが、欠点は、今に満足するということがない

ことだ。

 

わたしはずっとこれに悩んできた。

母が50代で亡くなった時、母に似ているわたしは自分の残り時間をカウント

するようになった。有限の時間の中で、ぼんやりしていられないと常に思って

いた。

 

だけど、ふと立ち止まった時に「わたしが目指す場所に幸せはあるのだろうか」

と思うようになった。そこに行けたとしても、そこに満足することなく、

また遥か先を目指そうとするだろう。

 

わたしはきっとこの先も「高み」を完全に手放すことはできない。

それがわたしの原動力であり、生きる糧でもあるから。

でも日常の美しくやわらかい一瞬一瞬に立ち止まり、誰かと共有することも

できる。

 

高みを目指すことは苦しみでもある。ずっともがき続けるかも知れない。

でも、それがわたしの生き方だし、それでいいのだと思っている。

それが「何者かになる」のではなくて、「自分自身になる」ことだ。きっと。

 

何者かになろうとしている時点で誰かと比べ今の自分を放棄している。

わたしはわたしになる。それは本来持って生まれたものを実現することだ。

 

俵万智さんの言う「深く生きる」ということは、きっとこういうことなのだ。

1月で45歳。年をとるのも悪くない。

スッキリした。空は曇天だが気持ちがいい朝だ。

 

 

 

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いつでも、どこでも、誰にでも

 

 

今日の朝刊からぐっときた記事。

福岡では知らないひとはいないかも知れない、KBCアサデス。の司会を18年

務めている徳永玲子さん。今でこそアサデス。だけど昔はモーニングモーニング

という番組名で、その頃から司会をされていた。(ちなみに小学生の頃、この

番組に出たことがある。定点カメラのコーナーで)

一度だけご本人にもお会いしたことがあるけれど、徳永さんは司会のほか、

舞台女優、ラジオDJ、絵本の読み聞かせなど幅広い活動をなさっている。

 

【表現者として、相手が誰であっても、常に相手を集中させ

興味を持ってもらうにはどうしたら良いのか考えている】

 

という徳永さんのポリシーに、アートの世界も一緒だなあと思った。

アートの最先端はわたしから見ると「分かるひとだけ分かればいい」という

雰囲気で、多くを近づけていないなと。

 

わたしが思うアートはそうではなく、一部の富裕層や専門家だけのためにだけ

あるものではなくて、市井に生きるひとにこそ、誰にでも、いつでも、そこに

あるものだと思っている。だからこそ、アートもひとも活きるのではないかと。

 

 

今読んでいる本にこんなくだりがある。

 

「いったい、美術にどれほどの力があるのだろうか。

心に余裕のある平和な者には美しく有意義なものであっても、

この世に絶望した、終わった者にも何か作用することああるのだろうか。」

 

思考に絶望癖のあるわたしから言うと、作用は「する」。

絶望の急性期にはそんな余裕はないかも知れないけれど、とくに周波数が合う

作品となら、絶対だと言い切れる。アートとそれを描いた人と心を通わすことが

出来れば誰にでも可能だ。たとえそのアーティストがこの世にいなくても。

 

 

だけど、アートは難しいとか、最初から線を引かれてしまうとか、

そんな存在から一歩歩み寄れるようになるにはどうしたらいいのかな?と

芸術の専門教育を受けていないフツーのわたしが日々悶々と考えている。

 

「相手を飽きさせないかどうかは、

自分がどう表現するか、立ち振る舞うかで決まる」

 

と言う彼女が所属する劇団テアトルハカタの野尻先生の言葉が身に沁みた。

 

 

 

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「菌ちゃんありがとう」にまなぶ

 

 

毎週楽しみにしている吉田俊道さんの新聞連載「菌ちゃんありがとう」。

今週は虫や菌の存在をジブリ映画もののけ姫の【シシ神】に例え、

自然界の生と死をつかさどり、誰の敵でも味方でもなく、

死を吸い取り生を復活させるというパワーを持つのではないかと語られていた。

 

これを読んで、時に生きることが辛く苦痛であっても、

自分の細胞が生きることに前向きのときは生きる価値がどこかにあるということ。

逆のときはシシ神なる存在にお任せすればいいのだと思った。

 

例外なく生きることは死に向かっていく。

しかし、その死は決して終わりではない。

 

生とは何者かになるのではなく、いかにどう生きるのか。

全ては自分自身に聞けばわかる、内面に向き合う作業の繰り返しなのだと。

 

そう思うと、生きることは惰性ではなく創造であり自分を自分で満たすことが

出来るのではないかと少し希望が湧いてくる。わたしの勝手な解釈だけど。

 

#菌ちゃんありがとう #吉田俊道 #菌ちゃんファーム #西日本新聞 #朝刊 

#もののけ姫 #シシ神 #ジブリ

 

 

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「今の評価基準」

 

 

新潮45の事実上の廃刊について書かれた新聞記事を読んで、

これは雑誌に限った問題ではなく、ありとあらゆる流通商品にも言えると

思った。

 

エッジを効かせる、SNSやメディアで話題になる、いかに世間に出ているか。

そこには真の実力が伴っていないものがたくさんある。

人の評価に同調してしまうのは、日本人の特性かも知れないけれど、

誰かに操られて思考停止になるのは絶対に嫌だし、なってはいけない。

自分の頭で考える。これは消費の問題だけではないね。

 

本物とは、実は目立たず、ひっそりと隠れている。

消費者としては、それを見つけ出したい。

 

この記事に書かれている【今の評価基準】が早く終わることを願っている。

 

 

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北極星

 

 

 

「安室奈美恵はいつも同じ位置で輝き、方向を示す北極星」

いいこと書くなあ!秀島史香さん!

 

熱心なファンというわけではないけれど、

最近は気づくとYouTubeで彼女の曲ばかり観ている。

(蔡依林とのI'm not Yoursのmvが好きで何度と観ている)

 

以前、安室奈美恵の裏側を撮ったドキュメンタリー番組を観たとき、

その職人気質な仕事のしかたに感動した。

今日で表舞台は引退しても、この先何をやるのだろう?とセカンドキャリアも

サードキャリアも楽しみで仕方ないひとだ。

彼女はきっと「何もしない」という選択肢はないような気がする。

 

#安室奈美恵 #蔡依林 #秀島史香 #西日本新聞

 

 

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マイノリティは楽しい

 

 

西日本新聞8/26朝刊2面「永田健の時代ななめ読み」より。

 

個人的に思うのは、学校が全てではない。行きたくない理由があれば、

行く必要はない。しかし、だからと言って何もしないのではなく、

学校に行かないからこそできること、やりたいことをやりなさいと、

もしわたしに子どもがいたらそう言うだろう。

たくさんの人に会い、海外にも連れて行く。

そして自分で考え行動できるたくましさを身につけて、

自立した大人に育ってほしい。

そして、マイノリティは意外と楽しく充実することも一緒に伝えたい。

 

 

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吉田俊道流「熱中症の要因」

 

 

 

大地といのちの会代表の吉田俊道さんの連載「菌ちゃんありがとう」によると、

熱中症の要因は普段の生活の中にあるらしい。

 

◎普段の生活の中で暑さから逃げ過ぎている。

冷房の効き過ぎた室内でばかり過ごしていると、急に暑さを感じたときに体が

対応できない。

 

◎ある程度のストレスに遭遇しないと、それを乗り切る能力が発達しないのは

自然の摂理。

 

◎市販の弁当や惣菜、半調理済み食品、外食に頼った食生活は、製品化の

過程でミネラルが流出し劇的に減少していることが多い。

食品の変色や味の劣化を防ぐため使用するリン酸塩は素材のミネラルが

働けないようにするため、体内でも分解吸収せず、そのまま体外へ排出される。

→慢性的なミネラル不足→熱中症

 

◎手っ取り早いミネラル補給策は、煮干しと昆布を少量の酢に漬けて冷蔵庫

に保管し、毎日かじる。

 

とのこと。

最後にあるミネラル補給策は、正直言ってあんまり美味しくなさそう

だったら、毎日いりこと昆布出汁の味噌汁を食べていればいいんじゃないかな?

または、1食でも和食にするとか、、、。

 

確かに大して暑くない時からエアコンの中にいる癖を付けると、夏の暑さに

対応しろというのが身体に酷な気がする。自律神経も狂うよね。

 

ある程度のストレスが必要というのは、熱中症対策に限らず、すべてにおいて

言えること。何事もラクしすぎない、頑張りすぎない。要はバランス

 

こういう記事が出ると、「高齢者だから」「最近の夏は尋常じゃないから」

と言う人がいるだろうなと予測するけど、それも要因としてもちろんある。

だけど、こんな要因もありますよ、というまた別の角度からの話。

熱中症の原因はひとつじゃない。

 

その時、その年齢、その体調などに応じた対策を自分で出来る人はやっていく。

出来ない人はまわりにお願いする。もう今は、さまざまな面で自分で考えて、

自分で工夫して生きていかないといけない世の中になったのだと思う。

 

 

西日本新聞8/1朝刊 12面より

 

 

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媚びない男

 

 

媚びない彼は本当にステキ❤️

 

ご自身のノベライズ作品が海外で出版されることになったとき、

中国当局からある一文が軍国主義の言い訳になるとストップがかかったのだそう。

 

選択肢は、その部分を削除して出版するか、出版を断念するかの二つに一つ。

 

中国は人口14億、0.1パーセントが購入するだけで、なんと140万部!

しかし、ここが我ら東山彰良だ。たかだか140万部にはひるまない。

 

「文句がある奴はおととい来やがれ」と出版を断念した!

自分の信念を貫く芸術家。かっこいい、かっこよすぎる!

しかも相手は泣く子もだまる中国当局。

あーもう、こういう人大好き❤

 

ノベライズといえども自分の子と言い切る彼の【東山彰良のぶれぶれ草】という

タイトルは今日で【東山彰良のぶれない草】に変更するべきだ

 

 

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アイドルの不祥事と小説

 

 

毎月楽しみにしている、作家 東山彰良さんの連載。

今月は、先日のアイドルが未成年女子に飲酒させた件について書いておられる。

簡単に要約させて頂くと、

 

世の中は大騒ぎしていたが、こんなもん小説にしたら、くっそつまらんわ!

 

と。笑(ご本人は、くっそつまらんとは書いていないが

さらに、仮に小説化するとしたら、アイドル側からではなく未成年女子側から

書くとも。さすが作家というか、さすが東山彰良というか、東山節全開で

今月も期待を裏切らない。

 

こんなアイドルの不祥事?に大騒ぎしている社会なんて、

みんな優等生的なものを求めているから面白いわけがないし、

面白いものも生まれるわけがない。

そして生きることについての闇や深みもない。

(そもそも飲酒開始年齢って体質的に飲める人の半数以上が18歳だと思うのだが)

 

だけど、確実に面白みや深みを静かに追求している人達もいる。

これからますます二極化が進むだろうなと思った。

二極化が進んだその先を見てみたい気もする。

 

 

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映画「万引き家族」

 

 

映画「万引き家族」について語った是枝裕和監督のことば。

まさに、彼の映画は芸術だと思った。

6/8 西日本新聞朝刊 9面より

 

最近、目にするもののあちこちに芸術を見つけて楽しくて仕方ない。

わたしは「芸術(=想像力)」がこの世のすべてを救うと本気で思っている。

 

 

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「はじまりは愛着から」

 

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「自分を信じられる人間は、絶対に怠け者にはなりません。

気力や意欲がでるのは、自分に対するひそかな誇りや自信に支えられての

ことなのですから」◎はじまりは愛着から 佐々木正美 著

 

これを読んで、親の子どもに対する育てかたが大いに影響すると思った。

実は犬も同じで、褒めて認めて育った子と、常に怒られて育った子は、

明らかに顔つきと動きが違うから初見ですぐ分かる。

 

 

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「わからないもの」から

 

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8/18西日本新聞朝刊より

 

これは、フェイクニュース、メディアについての対談だけど

『分からない』を新鮮に思う、かえって考えさせられるというのは

芸術も同じ。

 

分かりやすいものが支持される時代に、

思考を深めることの大切さ、それが何に繋がるのか、

見えている人には見えている。

 

分かりやすいものだけが、世の中を覆ったらどうなるのか。

人は自ら考えなくなり、より強そうなものへ影響されていく。

メディアの担うものと責任は大きいし、芸術家も同じだ。

 

でも、わたしは「わからない」ものへ計り知れない面白みを感じる。

人間の思考は誰からも邪魔されることがない、自由と無限だもの。

 

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価値のないものにエネルギーを

 

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今朝は涼しく、夜中も熟睡できたせいか、朝から作品のことで閃きの連続。

何をさて置き、いつものグレイのノートに描きなぐった。

 

ちょっと落ち着いて新聞をめくると、

またも藤さんのコラムが目〜脳〜脊髄をかけめぐる!

美術、芸術、美しさの最大の魅力とは、

 

『価値のないものにエネルギーを与えること』

 

それが美術家の仕事だなあ、と。ワクワクがとまらない朝だけど、

今日から4日間、店はお盆期間の営業日。

モードを切り替えていこう。こちらもワクワク!

 

8/11 西日本新聞朝刊「地域と美術のすきまのやもり」より

 

しかし、価値のないものにエネルギーを与えられるのは、

その人自身にエネルギーが溢れていることが前提だね。

美術家も物書きも、ものづくりに携わっているのは大変な仕事だ。

 

 

今、世の中に出回っているもののほとんどは、

一見、斬新なものであっても、

自分なりの工夫やエッセンスを加えることはあっても、

発明されたものでないかぎり、

過去に誰かが作ったものの焼き直しだ。

 

だから、どのジャンルにも「学校」があり、

その道で成果をおさめた人は皆、常に謙虚なのだと思った。

 

わたしは自分でゼロから作ることは苦手だ。

すでにある素材を集め、組み立て、活かし、編集し、

ひとつのものとして世に送る。

それが向いている。だから、店をしているのであって、

このスタイルで製作をしている。無意識は正直だ。

常に謙虚であれ。

 

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感性が育つ場所

 

今、欠落の中に自分がいるとしたら、感性が育っている時なのかも知れない。

 

8/7 西日本新聞朝刊『地域と美術のすきまのやもり27 藤 浩志』より

 

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今日の朝刊から

 

自動代替テキストはありません。

 

まさに、わたしがこれから制作する次回作がこれ。

今はもう、これ以外ないと思ってる。

そんな中、この記事が目に飛び込んできて驚いた。

 

8/1 西日本新聞朝刊『地域と美術のすきまのやもり23 藤 浩志』より

 

 

画像に含まれている可能性があるもの:テキスト

 

浄土宗の短いお経『発願文』の伊藤比呂美さんによる翻訳が、すごく好きです。

でもこれは臨終のときだけじゃなくて、生きている今もこころに留めていたい。

もし、こうやって生きている人がいたら、その人はとても魅力的

 

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「もう 拍手はいらない」

 

画像に含まれている可能性があるもの:1人

 

近所の海岸で、

引退した漁師さんと間違えておしゃべりした画家 野見山暁治さん。

 

『もう拍手喝采はいらない。』

 

やっぱり野見山さんはかっこいい!

 

 

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「まちさな」のこと。

 

画像に含まれている可能性があるもの:1人以上

 

『木があり、森があり、自然があって人は生きる。

小さな雑木林があれば、里山は再生する』

 

『無理をしないで、できることから、小さく、コツコツと。

時をためて。つくり続けましょう』

 

とは、人生フルーツでも知られる津幡修一さんのことば。

ちょうど行きたいねと言っていたところに新聞記事が。

 

伊万里にある『まちさな』とは、

山のサナーレメンタルクリニックのサテライト施設の愛称。

畑があり、カフェがあり、雑木林が育つ余白があるのだそう。

この木造の特徴ある建物は、レーモンド様式と言われるもの。

津端修一さんの最後のお仕事がここに。

急ぐだけが人生ではないね。

 

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幸福と健全とは

 

自動代替テキストはありません。

 

今読んでいるアメリカ人が書いた本にも、まさに同じことが書いてあったけど、

病とは家族、社会、コミュニティー、文化、自然などが複雑に絡み、

すべてが連続しているという医学観がアメリカにある。

(これってどこか東洋的な思想だよね)

 

泥臭い自分も他人もありのままに受け入れられる社会。

取り巻く全てがしなやかに繋がり、影響しあい、

それを体感できることが幸福であり、健全なのだと思った。

 

記事: 7/2 西日本新聞朝刊3面『提論』

丸山泉さん 医師 日本プライマリ・ケア連合学会理事長

 

 

 

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究極の愛

 

 

今朝、鶯が鳴きました。

鳴き始めは、まだ慣れてないのかへたくそです。笑

 

 

今日の西日本新聞朝刊「紅皿」より。

 

『結婚72年、今や2人は、余計なものは全て取り払われて、

愛情だけでつながっている』

 

朝から胸があたたかくなった。

愛情だけでつながれるなんて、人に生まれて最高の到達点。

人生フルーツのつばたご夫妻もしかり、

紆余曲折山あり谷あり、様々な出来事を乗り越えてきた夫婦だからこそ感じる

究極の愛のかたちだと思った。うちはまだまだ修行が足りぬ。

 

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人生そのもの

 

『職業というよりも人生そのもの』

最近、くるみあんもそんな風に思うようになってきたなあ。

2/25 西日本新聞朝刊 随筆喫茶より

 

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「かけら」

 

 

昨日から西日本新聞朝刊で、

熊本の橙書店店主 田尻久子さんの連載『かけら』がはじまった。

 

芳醇な時が流れることばのかけらたち。

今朝の『雨漏り』の雨に濡れた本を買った常連さんのエピソードには

思わず胸が熱くなった。

 

この連載は50回。

そうだ、毎日切り抜いて小さなリング付きノートに貼っていけば誰でも読める。

そうしよう。ノートはシンプルなのがいいな。50ページの1冊の本。

なんだかワクワクしてきた♡

 

 

追記:

その後早速、無印のA5リングノートに貼りました。

リングノートはスケッチブック型、ファイル型、表紙が茶色など

いろいろありましたが、ダークグレーのシンプルな表紙がしっくり。

先日の『たね』は、断捨離と言っては物を簡単に捨ててしまう今、

物が宿したその記憶をつつみこむおはなし。

そうやって、わたしもいつかこのノートを開いて思い出すのだろうな、今日を。

 

 

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強さとは

 

 

◎強い社会や国をつくるには『持続性のあること』を基準に。

 

今朝の西日本新聞13面の内山節さんの記事を読んで、気持ちよく腑に落ちた。

いっときの強そうに見える経済、いっときの流行、いっときの軍事力。

その時々で動きを変える風見鶏は、みんな砂上の楼閣に見えた。

そして本当の強さの定義とは、農的な生き方と共通しているなあ、、と思った。

 

 

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今日の朝刊より

 

 

『人と違うこと』
『人がやらないことをやる』


これを貫いた大隅教授は水瓶座に違いないと思っていたら、

やっぱりそうだった。大変恐れ多いが、同じ水瓶座のにおいがする。笑

 

(ほんっと、見事に周りの水瓶座の人はみんなそう!

毎度「水瓶座は変人」などと言われるが、誇りを持とう!笑

キョンキョンだって、福山雅治だって、高倉健だって、葉加瀬太郎だって、

みうらじゅんだって、上島竜平だって、矢口真里だって、みんな水瓶座だぞ!

やっぱり変ってるかも知れないけど共通して強心臓だぞ!笑)

 

ちなみに、大隅教授は東区馬出のご出身だそう。

 

 

売れるものを作るのは確かに大事。
でも、売れるものばかり作るなら、それは自分じゃなくてもいい仕事。

 

『咀嚼して自分の考えとすりあわせて出す』

 

長年窯と共に生き守ってきた彼らだけに、言葉の重みを感じる。

私たちは、もっと本物を見る目と感性を鍛えていく必要があると思った。

それが、社会全てに通ずるのではないかとも。

 

 

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自分を映す鏡

 

毎朝楽しみに拝読している音楽家・近藤薫さんの連載に興味深い一文があった。

 

「仏像を眺めているときは、自分の心を眺めているのかもしれない」

 

わたしも同じように思うことが度々ある。

目の前のものは何も変わっていないのに、その時々で感じ方が違うのだ。

それは、絵画だったり、誰かが書いた文章だったり。

 

自分のところで留めておけばいいものの、

場合によっては、その時の精神状態を見透かされてしまうだろうな。

 

芸術家は繊細で感性がとびぬけて高い人が多い。

そうでなければつとまらない職業だとも思う。

 

だから、言葉を交わさずとも、ハナから相手にされなかったり、

逆に一瞬で打ち解けたりする。

彼らと関わっていると、自分の感性が透けて見えることだってある。

 

そんな人たちが作るものだから「自分の心が見える」というのも、

妙に納得してしまう。作品と芸術家とは、自分の心を映す鏡なのかも知れない。

 

芸術は直接、経済活動には結びつかないかも知れない。

即効性はなくとも、自分は何物なのか、

生きていくのに大切なものは何なのかを教えてくれる。

 

 

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イチローに学ぶ。

 

世の中はもうお盆休みモードのようで、

火曜日も昨日も今日も、実店舗へお見えのお客様が。

せっかくお越しくださっているのに申し訳ございません。

当店は毎週金曜〜月曜日12-14時の営業とさせていただいております。

 

お盆期間中は、明日8/11(祝)〜15(月)まで営業いたします。

 

先週も、遠方からお越しのお客様が多く、

みなさま「福岡のごはんは何を食べても美味しい!」と♡

ご来福のみなさま、たくさん美味しいもの食べていってくださいねー♪

 

 

 

◎昨日の西日本新聞朝刊より◎

 

周りを満たそうとする前に、自分を満たすこと。

満たされている時は何をやってもスムーズに出来る。

逆のときはホントだめ。経験済みです。

 

イチローは同じ年齢。

孤高と言われていた頃から心も身体も成長しつづける、

プロ野球選手を超えた真のバッターだと思う。

たぶん彼は孤高のままだったら、

3000本安打達成してなかったんじゃないかな。

 

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海を渡る

 

 

今日は海の日。
ミトコンドリアDNAの「ハプログループB」というわたしの先祖が、

中国南部から海を渡って、生きて日本に来たことに想いを馳せていたら、

朝刊にこんな記事が!

 

同じこと考えてるだけじゃなくて、

どうやってやったのかを試している人たちがいるんだね。

でも、草舟って、、、これで渡れたら奇跡としか言いようがない。

 

中国南部(台湾)〜沖縄〜九州という海路なんて、

南北に細い沖縄本島にどうやって辿り着いた?

さらに九州だなんて、潮に流されて太平洋の真ん中に行っちゃいそう。

 

男子ならまだしも、女子がいなければ子孫は残らないわけで、

(女子も一緒に乗船しただなんて、男勝りか、よっぽど追い詰められていたか)

なんだか、生きて九州に着いた確率は、受精に近いんじゃないかとさえ思えます。

 

何はともあれ、ご先祖の皆々様、よくぞ日本に渡ってくれました。

2016年夏、子孫たちは元気に暮らしております♡

 

 

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モヤモヤ

 

 

 

朝からモヤモヤしている。

今朝の西日本新聞23面『作文の風景』を読んで。

 

要約すると、

最近は少子化の影響か、子どもたちは仲間はずしに遭わないよう、

互いに気を使いながら生きているそう。


そんな中、あるやんちゃな男の子が、先生と話し終わったあと振り返ったとき、

たまたま給食のスープを運んでいた女の子とぶつかり、男の子のシャツが汚れた。


この時、男の子が大声で、
『先生、ぼくにこの人がかけました。わざとかけてきました』と訴え、女の子は小さく声にならない声で『わたし、わたし、、、』と。


結局、担任の先生は男の子の話を聞き、繰り返し謝る女の子の顔を見せると、男の子は『いいよ』と席に戻った。担任は『私たち大人も、あれこれ考えさせられる』と締めくくられていますが、、、、非常にモヤモヤする。

 

どちらも『ごめんなさい』じゃないの?なんで男の子は謝らないのかな?


実際見たわけじゃないから何ともいえないけど、

書いてあることだけで判断すれば、わたしが男の子の親だったらわが子を許さないな。出遭い頭の衝突だろうに『ぼくにこの人がかけました。わざとかけてきました』と言った時点で手が出ちゃうかも知れない。

 

親はこの場にいないので、事実を知った時点で、女の子に謝りに行く。


わたしが担任なら、なぜ『わざとかけてきた』と思ったのか事実確認を丁寧にする。その後、女の子のケアはどうなったのだろう、、、それが気掛かりで仕方ないです。

 

 

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最近のあれこれ

 

 

どなたにもお会いしたことはないのだけど、今朝の記事を読んで、

なぜか、不思議と『あなたたちは大丈夫。』と思いました。

奥様は間違いなく見守っていて下さっているし、日々を丁寧に生きていらっしゃる。

 

私事だけど、母が亡くなってから、不思議なことがたくさんあった。

もうだめだ、、と思っていたところでフッと助けられるような。

 

妹なんて、母の骨壷の前に宝くじを置いていたら当たったし(!といっても50万ね。それで仏壇買った)誰も信じてくれないけど、わたしは母からよくメッセージ?が頭に飛びこんでくるし。前に飼っていた犬からもある。それがきっかけでハンナを飼うようになった。

 

別に信じてもらえなくても全然構わないんだけど、亡くなった方に心からの感謝と、素直な気持ちがあれば、あの世とこの世でも心は通わせられるんじゃないかと密かに思ってる。

 

先立った母が愛しいわが子を見守らないわけがない。

だから大丈夫。先々また会えるんだから、日々を元気に、泣いたり笑ったりしながら、自分らしくしっかり生きていく。お母さんを心配させないことが最大の供養だと思って♡

 

 


本屋さんで『大牟田本』が出てるのを発見!

大牟田市は母方の実家であり、かつて炭鉱で栄えた街。今、駅前の商店街はシャッターが目立っていますが、炭鉱、大蛇山など歴史を引き継ぎながら、のんびり暮らせるのが大牟田の良いところ。高齢者の見守りも先進的に取り組まれ、糸島市も大牟田市へ視察に行ったと聞きました。

 

どこを歩いても昭和の匂いがする街。個人的な希望としては、なんでも新しくするんじゃなくて、懐かしい街並みを生かしたら、観光客も地元の人もにぎわいそうな気がする。

 

「まるっと大牟田」では、パン屋さんやカフェ、オサレなバーなど、知らないお店がたくさん!昔からある通称『便所の横ラーメン』がご健在でよかった!笑

 

今からもし何か始めるのなら、小さな店って楽しいし、売り買いだけでなく、コミュニケーション、自己表現の場として最適だと思います。

 

でもさ、街って結局『人』だよね。
元気がいい人、面白い人に人が集まってくる。その中からネットワークが広がったり重なったりして、街も人も深みを増していく。

 

そんな『人』の特集もあり、老若男女が元気に楽しく暮らせる街へシフトチェンジするスタートアップ的な1冊になるのでは♡と思いました。

 

 

 

 

これは、facebookからの記事だけど、

最近もっとも怒りが脳天を突き抜けそうになったのがこれ。

 

記念写真を撮るためだけに戻ってくる親子も・・・

ガス室へ死んでいく犬の現実。

http://suuul.com/archives/1447

 

どんな教育を受けたら、こんな人間に育つのだろう?

政治も選挙も学校も大事だけど、なによりも、まずは家庭からだよ。絶対。

人間的で社会的な教育を、学校や政治に頼ってばかりじゃいけない。

 

今、世の中にある問題の根っこは、ここだと思う。

生きものや自然を軽視しすぎた拝金主義が今の日本を作ってる。

こんなこと書きたくないけど、このまま放っておけばこの国は破滅するよ、きっと。

 

弱いもの、根源を作り出してくれるものを軽視した結果が今。

さんざん辛い目に遭わせておいて、

自分に返ってきてから反省するなんて愚かすぎる。

今、立ち止まって考えなくちゃいけない。わたしはそう思う。

 

 

 

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今日の朝刊より

 

最近、ブログに書きたいことがたくさんあるのに、追いつかない。

 

ひとつだけ言えるのは、自分の心に素直に生きていれば、

まるで誰かがそう仕向けてくれているかのように、

思わぬ出会いがあったり、おもしろいスピードで事が運んでいく。

 

よく巷で言うところの「強く願えば叶う」とは違う。

深層にある自分の気持ちに素直に従っているだけ。

さして努力もしてないし、セカセカもしていない。

なんだか不思議ね。

 

 

さて、毎週月曜日の新聞は読むのが待ち遠しい。

今朝も、こころにずしりと響いた記事が3つありました。

 

よく、こういう内容をfacebookやブログに書くと、

「いいね!の数が減りませんか?」とか「アクセス数が気になりませんか?」

と聞かれることがあるけど、

(要は、新聞なんてみなさん興味ありませんよ、と言われている)

 

まったく、気になりません。

というか、気にしたことがありません。

 

何のために書いているのか?

それは、書きたいことや伝えたいことがあるからです。

「いいね!」や「アクセス数」が欲しいからではありません。

 

いちいち数字を気にして書きたいことも書けないなら、

すでに、facebookもブログもやめていると思います。

 

ただ、いらっしゃるんです。

うちには似たことを考えていらっしゃるお客様がたが。

店頭で、思いをぶつけてくださる方なんて、たまりません(笑)

そんな方々が大好きです♡

 

 

 

拝金主義は音楽までも。
想像力の欠如の行き着く先はどこなのだろう。

 

今朝の西日本新聞9面
『金のオタマジャクシ 11』より。

 

 

田舎と本と元気なおとなたちに囲まれていた、昭和に生まれて本当に良かった。

 

木城えほんの郷が全国にたくさん出来れば、

今ある問題のほとんどは自力で解決できる子が増える気がする。

 

今朝の西日本新聞9面
『木城えほんの郷20年を迎えて』より。

 

 

 

頭でなく心で戦争の悲惨さと愚かさを感じた作品。

こんなにも静かに深く深く槍が刺さったような痛みを感じた作品を見たのは初めてだ。母親は裸足。筋ばった足のすね。子を抱く腕の力強さや指の角度が、痛いほどの愛を物語っている。赤く染まった空は、未だ爆撃の最中なのだろうか。

 

全国だけでなく海外の様々な場所で、この企画展を開催して頂きたい。

頭ではなく、心で戦争を知るために。

 

今朝の西日本新聞14-15面
『絵でみる沖縄戦』より。

 

 

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新連載

 

 

今朝から西日本新聞で演奏家 近藤薫さんの

『金のオタマジャクシ』という新たな連載が始まりました。

 

 

『偉大な演奏家は、その人にしか書けない秘密の音符を、

楽譜のどこかに落とし込んでいる』

 

 

このワンフレーズだけで、毎週読むと決めました(≧∇≦)

音楽にはまるでセンスがないわたしだけど、なにかもっと深いところで、繋がっているような気がしました。月曜日が楽しみだ!

 

 

 

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