裏トモ日記

福岡県糸島半島の海のそば、
森の中での犬との暮らしとしごと。
Tomoka Hayashida

WORKS
CRAFT&ART KURUMIAN
学びと体験スペース 森と海
墨染め×ART ichigo ichie
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慈しみのヨガ




画像を整理していたら出てきた1枚は、今から12〜13年前に東京のとあるヨガスタジオでクリパルヨガのレッスンを受けに行った時のもの。


当時は30歳でヨガを始めて3〜4年経った頃。若かったし、色々知りたい多感な年頃ということもあり笑、武者修行のようにあちこちのヨガスタジオへ行っては、ハタヨガ、アシュタンヨガ、ジバムクティヨガ、ヴィンヤサヨガ、アヌサラヨガ、リストラティブヨガ、陰ヨガ、クリパルヨガなど、さまざまなスタイルのレッスンを受けてきました。


わたしの場合、さまざまな流派を経験することで、自分が合うものや目指すものが分かったので、この経験はとても有意義でした。


当時は、アシュタンガヨガのチャレンジングなポーズを練習することで、何事も挑戦すること、身体的に出来ないことも受け入れることを学んだし、リストラティブヨガや陰ヨガの心地よさ、外国人の先生から学んだNYでメジャーなジバムクティヨガ、そして、もっともフィットしたクリパルヨガ。


クリパルヨガの「クリパル」とは、慈しみという意味なのだそう。当時、動きを止めない流れるように続けて行うアシュタンガヨガにチャレンジしていたわたしとしては、一つ一つのアサナ(ポーズ)にじっくりと取り組むクリパルヨガに物足りなさを感じたけれど、じっくりとゆっくりと行うことで、自分の身体と心がどう感じているかに気がついた。


早い動きでは通り過ぎてしまっていた「自分も周りも慈しむ」ということ。今から瞑想をします!なんて言わなくても、これが本当の瞑想なんだと知ったのがクリパルヨガでした。


何より、先生の穏やかな立ち振る舞い、美しい言葉、クラスの雰囲気も優しくとても居心地が良くて、暖かな綿毛のベッドで眠っているかのよう。


他には、ヒプノセラピーを組み入れたヨガクラスも受けたし、汗だくになってゼーゼー頑張ったアシュタンガヨガのクラス、先生も生徒さんも半数以上が外国人で英語にあたふたしたクラスも。それぞれに個性があって楽しかった。そして、それらの経験と、クリパルヨガで感じたことが今のmeditationにつながっている。




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What is something?


わたしたちの細胞をはじめ、全ての物質は分解すれば、原子、素粒子にたどり着く。では、その素粒子は何から出来ている?


https://www.google.com/amp/s/gigazine.net/amp/20151225-what-is-something 


これを読んですっきりした。が、その宇宙に存在する「4つの力」の大元は何?起源はどこ?これはまだ解明されていないらしい。謎のままだ。


放射線が「場」という宇宙の海に入り込み、波を発生させ、粒子が生まれる。それが「すべての物質は宇宙の海で生じた波」と言われる所以。


現段階で突き詰めれば、宇宙には波から生じた17種類の粒子と4つの基本相互作用(力)しかないとのこと。そういえば、地球での生物の起源も、水と酸素と雷だったような気がする。



先日、東京で整形外科の院長をしておららる長田夏哉さんの本を読んで、まさにこれだと思った。


何にでも形を変える「幹細胞」とは、それぞれの培地(培養液)に入れると、あるものは筋肉細胞へ、あるものは皮膚細胞へ育つのだそう。幹細胞はまわりの情報や環境によって、自分は何になるべきかが分かっている。さらに、培地を劣悪な環境に変えると、がんの元である異形細胞になる。


この異形細胞を元に戻すには、ただ元のナチュラルな培地に戻せば良いとのこと。


長田夏哉氏は、約60兆個の細胞からなる私たちも、病気を治したいと思えば、ナチュラルな場所、つまり自分らしくいられる、本当の自分を出すのが心地いい場所に身を置けば、病気は改善するということ。まさにこれが自然治癒力ではないかと書いておられました。


これには大納得。人間の元が原子である以上、これは当たり前に存在する物理上の真理であってオカルトでもなんでもない。


誰かが言った「大切なことは目に見えない所にある」とは本当だと思ったし、わたしたちは親の都合で生まれてきたのかも知れないけれど、元を辿れば「生かされている」のだとも。


生かされているのならば、わたしたちはその真理に気づき、限りある時間の中で、課せられた何かを実践しなければならないのかも知れない。それが、自ずと湧き上がるやりたいことであったり、使命感にかられる何かなのだろう。すべては細胞が、原子が、素粒子が、ちゃんと記憶している。



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Life is art.




アートは美しいものだけではないし、アーティストだけのものでもない。社会に問いかけるものもあり、見る人の心を揺さぶるものもある。


定義は様々あれど、わたしは「空白を創造するもの」だと思っている。


子どものいないわたしが言うのも変だけど、子育てをするのに1から10まで全ての答えを始めから子どもに教えないように、空白の中にあるものを自分で考えたり、探させるもの。


緊張で凝り固まった身体からはベストパフォーマンスが生まれないアスリートのように、緩めることでできる空白や余白。


物やゴミで溢れる家では暮らしづらい。片付けることで生まれる空白や余白からまた新しい何かがはじまるように。


よく分からないアート作品をただ「わからない」と遠ざけてしまわずに、考えたり感じたりする空白や余白の時間。


「役に立つこと」「合理的なもの」「便利なもの」「わかりやすいもの」だけがわたしたちの生活だったら、なんて味気ないものだろう。よくわからないものや、無駄なものが時には粋にも思えるように、その粋を感じられる空白や余白を自分の中につくりたい。


個人的には、meditation classを開催していて常に思うことは、貴重な時間と受講料を頂いてご参加くださっているのだから、わたしが学んだことは余すことなくお伝えしなくては、、、と思っていたけれど、そうなると、そこに受講してくださる方が感じたり考えたりする空白や余白がなくなってしまう。


 普段の生活と同じく、森と海のmeditation classもアートのひとつだと思っている。だからこそ、クラスの1時間という時間も創造的でありたい。

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謙虚に



先日のmeditation classでもお話ししたけれど、わたしたちが学んでお伝えしていることは、先人の知恵をなぞりお借りしているもの。現代に数多あるものの殆どは自分が発明したものなどなく、だからこそ謙虚にお伝えしなければならないと。


そう思うと、先人達はその知恵に辿り着くまでに、途方もない時間と労力と時に犠牲を払ってきたのだろうと頭が下がる。


世の中はこの上ない便利さ快適さを実現したけれど、長い歴史の中で見ると、先人の知恵をなぞった先にある不作の時代なのかも知れないと思った。だからこそ謙虚に生きたい。





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わたしの好きな器たち






お正月気分は昨日で終わり。使った器たちを洗い片付けていたら、ふとこの仕事を始めた頃を思い出した。


器にも流行があるようだけど、わたしはずっと原土がそこに感じられるものが好き。奇をてらわず、媚びず、実直な器。そこに自然の普遍的な美がある。作り手はそこに寄り添って手をすこし加えることが、ちょうどいいバランスではないかと思ってる。



1/2になると、なぜか小豆を土鍋でコトコト炊きはじめ、食べたくなる玄米餅のおしるこ。甘味の加減で意見が合わず甘党の夫と小競り合い。



日本酒のボトルに可愛いお正月飾りが付いていたので、ハンナに付けよう♡と思ったら、すんごく嫌がる。前足でひっぱがして踏んづける笑。誰に似たんだ😭やっとこすっとこ撮れた1枚。


毎年お正月は昨年を振り返ったり、新しい1年の豊富を考えたりしていたけれど、今年はまったく何もない笑。なんだか何事もなるようになる気がしてる。今をちゃんと生きていれば。




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2019年ありがとうございました




CRAFT&ART KURUMIAN、学びと体験スペース森と海をご利用くださいました方々、ご購入くださいましたお客様、誠にありがとうございました。


2019年は目まぐるしく過ぎていきましたが、来年に向けての基礎となるベースは築けたような気はしています。


未来のことは何もわかりませんが、未来も過去も思い煩うことなく、今この時を丁寧に、思いを一にする方々と共に過ごせたらいいなと心から思います。皆様もどうぞ穏やかで健やかなお年をお迎えください。


CRAFT&ART KURUMIAN

学びと体験スペース森と海

林田友香



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諦めと受容

 

薄々は気づいていたけれど、瞑想をつづけることでそれを覆っていた余計なものが剥がれ落ち、自分のまんなかに届いた気がした。

 

わたしの「まんなか」は、とても地味で、(これは意外だったけれど)実はコツコツやるのが嫌いではなくて、大人数でワイワイにぎやかにやるのが苦手で、少人数にじっくり向き合うのが好きだということ。1対1がもっとも力を発揮できる。チームなら少数精鋭。大人数の中ではどう動いていいのかわからない。・・・完全に時代にフィットしていない気がする笑。

 

でもそれがわたしなのだから仕方ない。決して人が苦手というわけでなく、むしろ好きなのだけど、幼い頃から音に敏感で耐えられる許容範囲が一般的なそれより狭いのだと思う。今の主流かと思うほどメジャーなハイスピードしゃべくり漫才なんて早々にチャンネルを変えてしまうし、普通の人は聞こえない遠くの音や極小の音が聞こえてしまう。それをどうこう言っても変わらないし、変えられないので、全部受け入れた。

 


この20年間は、この国のスタンダードに近づけるよう自分なりに努力はしてきたつもり。でも、出来ないものは出来なかった。もう自分にないものを求めるのはやめた。カエルの子はカエル、メジャーよりマイナーなのだ。そう思うとこの20年は方向性を少し間違えて苦しさを生じさせたのかも知れないけれど、間違えたからこそ気づくこともできたのだろう。



店の本棚に数年前から置いていた「フランスの美しい村を歩く」。わたしは掘り下げた内容が好きなので、ざっくりしたこの本は1度目を通しただけで本棚行きだったけれど、ふとしたことから再び開くことになった。


なぜ今、フランスの小さな村に惹かれたのかと言うと、そこで暮らす人たちが何ものにも流されず、自分の意思と選択で生きているように見えるから。「わたしはこう思う。でもあなたはどう思おうと構わない」というように。国は違えど彼らにも生きていく上で様々な問題はあるだろう。しかし、同調を求めないその自律した生き方が村の美しさと相まって見えた。


あるフランス人の女性が言った。「フランス人は自分にないものを求めないのよ。諦めるの」。「老い」を両国に例えると分かりやすいかも知れない。諦めと受け入れ。言葉は違えど、東洋も西洋もそれが真理なのかも知れない。

 

 

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20周年のテーマ

 

人生が旅だとするならば、糸島に移住して、この仕事をはじめて「20年」を迎える2020年は【原点】を知り活動していく旅にしようと思いました。

 

「自分とは何者なのか」

「自分が本当に望んでいることは何なのか」

 

この20年で積み重ねてきたものを見つめ、不要なものは剥がしていき、残った小さなかけら。それが本来持っていた【原点】なのではないだろうかと。

 


わたしの【原点】とは「自然の中で意思を持ってくらしていくこと」。


ただ自然に寄り添うだけではなく、環境に負荷を与えないことであったり、自然の恵みに形を与えたり、世界のあちこちで同じような活動をしている人やモノを支えたり、誰かの【原点】に気づくお手伝いをしたり、自然の中で「人間だからできること」を意思を持って行っていきたい。わたしはこれからの人生をそうやって生きていきたいと思いました。



わたしたちが生まれ持った【原点】は、誰からもけがされず、比べるものでもなく、ただ美しいものであったはず。年月を重ねるにつれて、大切な【原点】の周りに、役に立つかどうかや、便利かどうか、合理的かどうか、人より優っているかどうかなど、本来とは関係のないもの(条件)が積み重なり【原点】が見えなくなってくる。


あるお店の男性オーナーさんが、数年前の夜に「20周年なのでお店をやめて、本当にやりたかったことをやります!」と決断された。自分のことを思ったとき、過去にそんな選択肢が全くなかったかと言えば嘘になるけれど、その夜から自分の【原点】とは何かを考えるきっかけになった。


そうしている間に、わたしも20周年を迎える。人生の後半は【原点】に逆らわずに生きていく。そう思った2019年のクリスマスです。


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年末感がない



ちょこちょこと大掃除はしているけれど、なぜか今年はまったく年末感がない。あと10日そこらでお正月だというのに。ま、たまにはこんな年もあるよね。



今年やったことと言えば、本は大量に読んだ。大量に読みすぎてメニエール になったかも知れない笑。とは冗談だけど、たぶん受験生の時より勉強した気がする。


あとは、ラグビーに萌えた♡萌えすぎて試合の度に喉が枯れ枯れになった。ラファ様(ラファエレ ティモシー)、井上尚弥、野村萬斎、、、わたしは目の離れ具合が似ていて体幹がしっかりしていて自己主張が控えめな人がタイプなんだと気づいた2019年。

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道元のことば

 

 

「今、自分が存在している場所で真実を見つけることができないというなら、いったいどこに真実があるというのだろう。」道元

 

 

 

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日本人は楽しむのが下手?

 

先日、テレビを見ていたら、女子旅あるあるな吉幾三が歌うCMソングに爆笑してしまった!(ちなみにこのCMは福岡と名古屋地区だけでしか放送されていないらしい)

https://www.excite.co.jp/news/article/WWS_wws_181589/

 

その後、ヨーロッパの山小屋を特集している番組を観ていたら、山の絶景の中でなんにもしない旅を楽しんでいる欧米人たちと、このCMとのギャップにしばらく考え込んでしまった。なぜ日本人は【楽しむ】のが下手なのだろうかと。

 

わたしは昭和49年1月に日本で生まれた日本育ちで、ごく一般的な公立学校教育を受けてきた。「何かを成し遂げるには努力と根気が必要」「物事は計画的にやること」「嫌なことも忍耐で乗り切る」など、疑いもなく、そういうものだと信じて育ってきた。今までも何か形にするには努力や忍耐と根気が必要で、汗をかくことは美徳だと思っていたし、楽に楽しくやるなんて違和感というかたちで脳にこびりついていた。楽しい状態ってどういうことなのかさえもよくわからなくなっていた。

 

ただ、昭和タイプで生きることは、この日本における常識と秩序を生み、いかに効率的に物事を動かし、ゴールへ辿りつくのかということに関しては有効だと思っている。そこでふと思った。「ゴールって何?」と。ゴールとは定年になること?それとも死ぬこと?少なくとも結婚することではない。わたしたちは何をゴールに生きているのだろう?

 

毎年、欧米在住の知人たちから「40日間のバカンスは日本で過ごす」とか「2ヶ月●●に行ってきた」と聞くと、どうしてそんな働き方が出来るのかと不思議で仕方がなかった。そういう国の労働基準があるらしい(40日間の有給は必ず消化しなければならない。など)けれど、それで生活ができて会社も回るなら日本もそうすればいいのに、なぜ日本は出来ないのだろう?と切なくなった。そして、働き方改革で残業が減っても、まっすぐ家に帰らない人が少なからずいるというのは、生活において何かが根本的に彼らとは違うのだろうと思った。

 

今は昭和と違って仕事も生活も多様になってきているので、そうとも言い切れないけれど、わたしたち日本人のどこかに「生きていくのは苦しいものだ」という思い込みがあるのではないか。お釈迦様もそう言って修行なさったのだから、苦しいに違いない、楽をしてはいけないんだ、と。だからお金を稼ぐのも苦しい、日々の生活も楽しいわけがない、楽をしている人を見ると違和感が生まれるというのが日本人のデフォルトではないかと。

 

このデフォルト(=思い込み)があるかぎり、わたしたちは仕事や日々の生活を心から【楽しむ】ことが出来ないかもしれない。旅は1週間以内で駆け足で定番の観光コースを巡る、バラマキ系土産を何時間もかけて買う、フリープランはホテルの周りをぐーるぐる(←さっきの吉幾三のCM)ということになってしまう。

 

わたし個人は、パーティなど大人数で派手に騒ぐのも忙しいのも苦手だし、基本的に【楽しい】という状態がよくわからない人間なので、どういう状態に到達したいのか、何をゴールにしたいのかは、すくなくとも大人数で過ごしたり、「TO DO リスト」に埋もれて毎日を過ごすことではない。やらなくて良いことはやらない。それらを削っていった先に残るものが本当にやるべきことで到達点のような気がしている。(今までずっとその逆の加えていくことばかりをやってきた)

 

はじめに日本人は楽しむのが下手?と書いたけれど、楽しさとは人それぞれの主観によるもの。どんな状態や状況の中であれ、自分の中にそれを感じることが出来れば、きっと人はしあわせなのだ。ただ、日々の仕事や生活で、やはりどこかで一旦小休止しなければならない。なぜなら、その小休止で脳とからだを休め、ガソリンとなるエネルギーを補給しなければガス欠で止まってしまうから。特にクリエイティブな仕事をしている人は、その小休止の最中にアイディアがひらめくことが多々あるはずだ。いわば小休止がなければ、人はよい仕事ができないといってもいい。思考停止して、ホテルのまわりをぐーるぐるになってしまわないように。

 

 

 

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2019年

 

昨日ご来店くださったあるお客様と、2019年は体調が優れなかったり、いろいろあったり、環境が変わった方が多かった年のような気がすると話していた。

わたしも秋に体調を2ヶ月も崩してしまい思ったのは、人はこのような事が起こると、考え方が変わって【原点】に還る人が多いのではないかと。

わたしもまさにそうで、自分を取り巻くすべての事柄を棚卸しして、本来の自分の原点について考えるようになった。だから、すべてを削ぎ落としたくて、そこで残ったものが原点なのだろうと思ってる。これからの人生はそれを大切に深めていきたい。

 

 

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ストレスの原因

 

 

 

だんだんと森や畑が冬らしくなってきた。南方系遺伝子のわたしでも、冬の凛とした、滋養をためるような季節が嫌いではなくなってきた。

 

元々自律神経が過敏な体質だからか、図体の割にはストレスを感じやすいわたしは、長年この面倒なストレスの根本を探ってきた。近年「好きなことをして生きていく」という生き方指南をよく目にするけれど、これがひとつの原因かも知れないと思った。現実に好きなこと100%で生きている人は存在するのだろうか?わたしはいないと思う。それは幻想か、どこかで上手に折り合いを付けているかのどちらかだと思う。

 

この「上手に折り合いを付ける」というのが、ストレスに対する対処法のひとつで、世の中には自分が思う理想の人ばかりではない、理解不能の人もいる中で「そんな人もいるよね」「そんなこともあるよね」と思える能力を養っていけた時に心から【好きなことで生きている】と言えるのかも知れないと。

 

別に好きなことをして生きていかなくてもいい。好きなことが何なのか分からない人もいる。それを探しながら生きるのもいい。人のため、誰かの為だけに生きていてもいい。他人に影響されない、自分が決めたことがもっとも尊いのだから。それで大丈夫。

 

 

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自分になる

 

 

 

夏頃から心身ともに慌ただしかった日々も、ようやく落ち着いてきた。かなり負荷をかけすぎたのか、久々にドカンと体調を崩し、人間のリカバリー力を観察するいいきっかけにもなった。子どもの頃から、そんなに身体が強いほうではなく、何かと敏感で無理も効かず、ストレスを感じやすい体質でもある。だからこそヨガや瞑想に辿り着いたのだけど。

 

そんな中、週末(金〜月曜日)は店舗を営業していることもあり、さまざまな方とお話しする機会がたくさんあった。そこで気が付いたのは「何かになりたい」「何かを見つけたい」「でもどうしたらいいのか分からない」という方が男女を問わず多いということ。これは、たぶんSNSなど、他人の行動を見ることができるツールが影響していたり、未来の不安や心配からきているのではないかと思った。キラキラしている(ように見える)人はすごい、わたしもあんな風になりたい、でも何をしたらいいのか分からない、わたしには何も特技がない、、と。

 

キラキラしている(ように見える)人は、例えば事業をしている人だったら、そのキラキラの内側は、少なからずネガティブなものが存在すると思って間違いない。それらすべて含めての【キラキラ】なのだ。ネガティブ要素全て受け入れることはできるのか、乗り越えられるのか。人はキラキラの反対にあるドロドロはあえて表に出さなもの。輝いて見える人ほど、実は同じくらいの闇があるかも知れないし、それがその人の「深み」を構成しているものでもある。

 

いつもこんな話になると思うのは、わたしたちは何者かになんてならなくていいし、慌てて何かを見つけなくてもいいということ。小さく動き続ければ「何か」は必ず見つかる。

 

誰かを目指した時点で、それはすでに自分じゃない。他人の人生をなぞること。うまくアレンジして自分色に出来ればよいかも知れないけれど、他人の動向を常に見て気持ちをザワザワさせているより、自分の内側にある本当の声を聞く時間に多くを割いてみる。自分は本来の自分になるために生まれ、生きている。とわたしはいつも思っている。

 

よく「糸島に移住すれば見つかりますか?」と聞かれることも多いけれど、それは見つかることもあれば、見つからないこともあるとしか言えない。糸島に移住したある人が、そこで出会った憧れの人に自分もなりたくて、その人の人生をなぞり、完全に本当の自分から外れてしまっている人もいるから。

 

心から本当にやりたいことやものに出合った人は寝ても覚めてもそのことを考えていて、そのことに多くの時間とお金をかけるもの。多少の壁は想定内。簡単にはくじけない。じゃないと、カタチにはならない。以前、LOVE FMでヨシダナギさんが「今までで1番お金をかけてきたものが仕事になる」とおっしゃっていて、まさにそうだなあと思った。

 

でも、今それがなくても、小さく動き続けていれば、少しずつそれが何か気づく場面が次々と現れる。わたしはそうだった。それを数珠つなぎにしていって今がある。この「今」も未来につながっていく1つの粒。無駄なことはひとつもない。それに出合う「時期」がひとりひとり違うだけのこと。失敗やネガティブな物事を恐れず(これらに恐れている人がとても多い)、自分に心から素直に生きていれば、いつか必ず出合える。でも、それに出合うことだけが人生ではない。

 

 

今朝もいつもの海で朝瞑想してきた。波のリズムは人の呼吸とよく似ている。

いつかの瞑想会は海で出来たらいいな。

 

 

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増税を機に。

 

 

明日から増税だけど、うちは価格据え置きも半分くらいあるし、WEBSHOPは10/1になったときに一発変更できるシステムを使わせて頂いているので、前回とは比べものにならないくらい楽ちん。前回は1000アイテムくらいを夜中に一気に変更して目から出血しそうだった。そして、すべてがイヤになり翌日から台湾に逃げた笑。

この増税を機に、いろんなことを考えた。前々から思っていたことを根本から考えたと言ってもいい。

わたしでなくていいことはやらない。本当にやりたいことと、やらなくてはならないことをやる、と。今まで広く浅くやっていたことはやめていくので、ニッチな場所になっていくだろうと思う。本当は最初からそうしたかったけど、全てが良くも悪くも若かったので無理だった。でも、この19年間ずっと悩み葛藤していた。やればやるほど、自分の理想からどんどん離れていく。一度全部ゼロにしたくてたまらない時期があった。(心の中ではそうしていた)なので、この増税という機会に感謝すらしている。

 

個人的な感覚としては、これからは「みんなに好かれる」という幻想を抱いて生きるのはフィットしなくなるだろうと思う。商いとしては、たくさんのお客様に好かれることを目指すほうが【常識】なのかも知れないけれど、どうも、これから先にその匂いはしない(わたしの性格もあるけど)。凝縮し深めていく。なんとなくはやらない。これが今のわたしの頭の中。

来年は20周年だし、人生残り時間があとどれくらいあるかは知らないけれど、母が亡くなった年齢まで生きられるとして、残りあと13年4カ月。脳と身体がマックスで動ける時間と同じくらいかも知れない。ほかの道は用意していないので、本能と思いのままにやるだけです。

 

 

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突き詰めた先に

 

 

久しぶりの晴天の朝。

今回の雨は、わたしが糸島に住みはじめて19年の間で1番か2番かの降水量

だったと思う。この辺りは岩盤質なので、土砂崩れの心配は少ないけれど、

何よりこの森の保水力に改めて驚いた。

 

 

 

この雨の間、外仕事を一切やっていないので、その時間はたくさん本を読んだり、

考えごとをしていた。そういうものは突き詰めてやると本当に素晴らしいものに

出合えるもので、わたしがやっていることや、これからやろうとしていることは、

完全にひとつのものに繋がっていると確信した。だからもう何も迷うことはない。

ひたすらにやるだけだ。

 

 

 

以前、アエラで糸井重里さんも言っていたけど、40歳になった途端に

「今までの自分では通用しないと薄々気づく」ことに打ちのめされ約5年。

やっと、ようやく、自分の進む道がわかった。ここまで長かった。しんどかった。

何度も泣いたし、消えて無くなりたい日も度々あった。

 

でも、生きていると「わかる」日も来るんだなと思った。

もう絶対に戻りたくない日々だけど、後悔はない。わかるには、痛い思いを

たくさんして、絶望して、そこから突き詰めなければならない。

問題と辛さから逃げなければ、いつか必ず答えに巡り合えるとわかった。

 

 

追記
この約5年間はずっとどこかで孤独を感じていたけれど、孤独でも全然大丈夫、

群れるの苦手だし、むしろそれがいいくらいに思っていたけれど、この「わかった」

後から、本当の意味で繋がっている人もわかったし、何か大きなものに繋がって

いる感じもして、すごく精神が満たされてきた。

 

 

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捨てられないもの

 

 

coyote 2007年
旅 2011年

この頃の旅雑誌はキラキラしていた。情報の品性が好奇心を掻き立てた。

これを頼りに現地で食べ歩いた。懐かしすぎて捨てられない。

 

 

 

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木に還る

 

 

 

 

「人間は追い詰められると、木に還る」彫刻家 小畠廣志のことば。

 

それがすごく分かる。追い詰められた時、足は自然と森へ向かう。

だからと言って、木々は何も言ってはくれないけれど、

ただ大きな存在で寄り添い、受け止めてくれる。

怒らず、考えやエゴを押し付けず、ただただ寄り添い待ってくれる、

自分の親より親らしい不思議な存在。

 

時に夜空を見上げたくなったり、森や海に入りたくなったりするのは、

元々人間に備わった本能で、それらに大きな何かを感じ取っているからだと思った。

 

本を読んだり、故人のことばに惹かれるのは、新しい視点を与えてくれるから。

自分だけの視点だけだと、どんどん視野や考えが狭くなる。

状況や環境はどうであろうとも、自分の中には広い草原や海原を感じていられるように。

 

 

 

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19歳になりました。

 

 

今日は当店くるみあんの誕生日。

WEBSHOPから始まったこの店も皆様に支えていただいて今日で19歳。

毎年のことながら思い出したのはさっき!それくらいアニバーサリーに疎いわたしです。

 

ただ今年は例年以上に変化欲が強くて、勇気がなくて出来なかったことも、

20年目はそろそろ流れに身を任せようと思っています。

やっと身も心もその時が来た気がしてます。

 

 

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思いを現実化するということ

 

 

 

「今のわたしは、過去思っていたわたし」と言うのは本当だと思う。

振り返ってみれば良くも悪くも、過去のわたしが思った通りになっている。

 

思いの深度が深いものほど、さほど努力することもなく現実化している。

ちなみに浅い思いのものは見事に現実化していない。

 

わたしは20代の頃から「暮らしとしごとをひとつにしたい」と強く思っていた。

【自然】と【何かをつくる】ということに対して、言語化出来ないほどの強い思いは、

たぶん四国の山奥で生涯暮らした祖父母からの遺伝だろう。

 

大きな野望など何もなく、自然の中で、家族に淋しい思いをさせることなく、

こじんまりと暮らしとしごとをつくっていく。その時の思いに形を与えていく。

一番近いところからきちんと整える。それがわたしのすべて。

 

「家族に淋しい思いをさせない」というのは、

幼い頃、夜勤で不在だった父と、入退院を繰り返していた病弱な母に9歳下の妹と

いう家族構成の中で、わたしは強くなければならないと常に思いながら過ごしていた。

正直、周りの家庭の子がうらやましく、淋しい思いもたくさんしたし、

誰かに甘えられたらどんなに楽だろうと思ったこともある。

でも、そんな環境ではなかったので仕方なかった。妹は激しくグレてしまったし、

母が離婚後しばらくして孤独死した時も、脳出血による突然死だったので看取りも

できず、誰にも気づかれず独りでひっそりと逝った母に申し訳ない気持ちもあった。

こんな過去が、わたしの意識のどこかにこびりついているのだと思う。

 

 

もし、わたしに何か授かりものがあるのなら、生きている間にそれを使うことが、

きっと誰かや何かのお役に立つはずだと信じている。だから生まれながらに

授けてもらっているのだと。

 

それがきっと【思いの深度】という形で現れる。

心からやりたいことは現実化するし、させなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

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恋バナの土曜日

 

 

お客様と恋バナに花が咲く土曜日の午後。

恋するって素敵❤︎

恋する女性はどんどん綺麗になる❤︎

認知症にもなりにくいんですって❤︎

 

あたしは昨年、台湾で偶然出会った名前も年齢も知らない気配り上手な台南男子に

ときめいて約1年。だんだん記憶が薄れてきた😭40代の切なさよ笑。

悲しいかな、いつか彼のこと忘れちゃうんだろうな。。

日本人でときめくのは野村萬斎さんしかいないから、くもんのCMでも見とこーっと。

 


#恋バナ #kurumian #野村萬斎らぶ #くもんいくもん #わたしも行ってたよ#算数だけ #萬斎娘ちゃん可愛い

 

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これからのしごと。

 

 

来年2020年8月にこの仕事を始めて20年になる。

 

ちょうど40歳になる頃から、わたしの中で何かしらのズレや違和感のようなものを感じ、

悶々とした日々を過ごしてきたけれど、ようやく答えが見えた気がした。

ここにたどり着くまで5〜6年かかった。

 

どのような答えかは、行動を通して形にしていくことしかないけれど、自分の奥底から、

わたしに気づかせるよう湧いてきたものを、大切に形にしてあげたい。

 

そして、この場(店)を本来あるべき方向へ生かしたいと思っている。

今はまだ生かしきれていないし、だんだん観光地化していて、本当に必要な人へ届いて

いない気がしている。

 

わたしの奥底から湧き出たものをひとつずつ形にすることと、この場を本当に必要な人へ

届くように再構築すること。これがこれからのわたしのテーマであり、これからのしごと。

 


#45歳のひとりごと #kurumian #これからのしごと #グァバ

ー 場所: Craft&art Kurumian

 

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夜明け前

 

 

 

今朝は30分早く目が覚めた。雨でも晴れでも曇りでもよし。

#goodmorning #おはよう #ヨガ #yoga #瞑想#meditation

場所: 糸島市

 

 

 

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メメントモリ

 

今年もオガタマが咲き始めた。

あんなに瑞々しく南国を思わせるフルーティな香りなのに、なぜか夕方しか匂わない不思議な花。

昨夜、6月開催の東洋医学講座の日時やおおまかな内容が決まった。詳細は講師の方にこれから詰めていただくのだけど、プロの方というのは決断も動きも早い。側から見ていて本当に気持ちがいい😊

なぜ、東洋医学が好きかというと、自分の体質や季節に合わせて、自分や家族の体調管理を自分で出来るようになるから。ずっと役に立つし、得た知識は一生もの。西洋医学とミックスしたハイブリッド型にも出来るし、選択肢や可能性が広がる。

東洋医学の入口をノックしたに過ぎない段階のわたしが言うのも変だけど、東洋人は季節に沿って生き、自然には抗えないものとして敬意を持って生きてきた。自然に合わせて生きるのが人間なのだと。

その延長線上に、死生観にとても興味があるし、個人的には輪廻転生があるならば、わたしは今生で終わりにさせて頂きたいと強く思っているので、そうなるべく自分の生き方を考え実践しはじめたところ。

誰もがもれなく経験する死について正しく向き合うことは、必ず「生」を考えることに繋がる。そんなことを気付かせてくれたのが、東洋的な思想であって、その出合いに感謝している。

ただ、西洋にもメメントモリという言葉があるように、これは東洋人だけではなく「人はなぜ生まれ死ぬのか」という人類共通の謎から生まれるものなのかも知れないと思った。

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新元号

 

 

昨日の朝。新聞の一面を見て、わが家どよめく。笑

#新元号 #まぼろし

 

 

 

筆ペンで書いてみた。新元号は「正明」じゃなかった。笑


令の右払いが気に入らないけど、響きも字面も綺麗だし、とても書きやすい字で好きです。

 

さらに、令和の聖地が太宰府だそうで、ご近所にある今年建立1000年を迎える

生松天神社も御祭神は菅原道真公。何か深い縁を感じます。

 

夕方、神社跡地に新元号のご報告に行きました。

なんと菅原道真公も当時、元号を決める仕事をしていたとか!何という偶然。

 

 

 

今日の西日本新聞朝刊より。

 

いつの時もこの国は穏やかな日ばかりではなかった。

だけど、そんな中にも人々は安らぎの時間を見出したり、手を動かし、人と繋がり、

ふれあい、助け合いながら、どんな時も工夫して生きてきた。

わたしたちは令和をどう生きていくのか万葉の時代が教えてくれる。

島国に生まれ、育ってきた日本人のDNAは連綿と続いていると信じたい。

 

 

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わたしは耳が小さい。

 

先日、インスタに「自分があまり周りのことに興味がないのは耳が

小さいせいだ」と書いたら、思わぬ反響があって面白かった。

わたしの耳は小さいだけでなく、左右の大きさがあまりに違うし、

位置も下で、かなり後方に付いていることに今頃気づいた。

 

たまたま読んでいたWEBの記事に、耳が小さい人は周りにあまり

関心がなく、誰かがヒソヒソと話していても気にならないので、

耳が大きくなる必要がなかった。とあり、確かにそうだと思わず笑って

しまった。

 

人に興味が無いのかというと、絶対にそうとは言い切れないけれど、

基本的にはさほど興味はない。というより、人ではなく、その行為自体

に興味がある。

 

例えて言うならば、

 

先月、京都で15歳のラブラドールレトリバーを散歩中に蹴っていた女性

の飼い主だと、基本的に彼女には興味はない。

しかし、なぜあのような行為をしたのか、あれは彼女の元々の性格から

なのか、それとも、何かきっかけがあり、あのような行為に及んだのか、

そしてそれを根本的に解決するにはどうしたらいいのか。など、

行為を起す原因、理由、解決方法には非常に興味がある。

 

相次ぐ子どもへの虐待もそうだ。

 

そのイライラの原因は何なのか?

それはどこにあるのか?

どこから始まったのか?

どうしたらいいのか?

 

そんなことを夜な夜な考えていることが多い。

たかがわたしの頭で考えたところで答えは出ないが、

 

なぜ、人は生まれて死ぬのだろう?とか、

人間はなんのために存在するのだろう?とか、

幸せとはどういうことをいうのだろう?とか、

子どもの頃から、簡単には答えの出ないことをいつも考えていたから、

きっと俗に言う「変わった子ども」だっただろう。

 

 

お笑い芸人のキングコング・西野氏が

 

「これからは周波数の合わない人はやってこない」

 

と言っていたけど、最近、なんだかそれが良く分かる。

店に来店されるお客様の層が以前と変わってきた気がするからだ。

 

周波数とは自分が出している「振動数」で、

同じ振動数しか共鳴しないことは物理学でも明らかだ。

周波数の違いは違和感が教えてくれるけれど、

店側の人間である以上、それを表に出すことはないが、

共鳴するかしないかというと、やはりお互い共鳴はしない。

良い悪いではなく、単純に共鳴しないというだけのことだ。

 

なので、不特定多数に幅広く商いをし、たくさんのお金を稼ぐという

理念のもとに仕事をしていると、必ずここでつまづく。

自分の方向性を見失いそうになるからだ。

割り切って、自分の周波数に合う人だけと決めると、長い目で見れば

正解なのだが、移行期は苦しい思いをするだろう。

しかし、その移行期を乗り越えた先は明るいだろうなと思う。

 

逆に周波数が合う人の場合、今、あの人何してるかな?と思って

1時間後くらいに偶然「あたしのこと呼んだやろ?」って来るし(笑)

おそろしいスピードで事が進んだり、一気に広がったりするから不思議だ。

 

わたしでいうと、人間の根本に関わることに興味があって、大好きだし、

最近はその方向性を抑えきれなくなってきている。

流れに身を任せるだけだけど、学ぶべきものを学び、必要なことは何でも

やっている。

 

40代というのは、誰でも本来の自我が芽生え、苦しみ、その最中から答えを

出せる者は、それ以降の人生を自分らしく後悔なく生きられるという。

 

要は、わたしの思考は基本的に内側なのだから、耳が大きくなる必要が

なかった。まわりの人に興味がないのではなく、人の表面的なことは興味

がなく、人の内側にはとても興味があるのだと。

 

わたしの耳の小ささに気づいてから、思わず書き連ねてしまった。

未来のわたしが再びこれを読んだ時、人生のステップ3の初心を思い出すように。

 

 

 

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瞑想がもたらす効果

 

ライフハッカー

瞑想がもたらす12の効果とは?

https://www.lifehacker.jp/2015/10/151001book_to_read.html

 

ここにある「タイミングが良くなる」「漠然とした安心感」

「人付き合いが良くなる」など全部経験あり。

中でも突出しているのは「予感や予知能力の高まり」。

 

やらなくて良いことが分かるようになるというのは本当で、

今朝なんて、夫とハンナが海に散歩に行って間もなく雨が降ってきたので、

車で迎えに行こうとしたら、もう一人のわたしが「坂道の入口あたりまで

帰って来てるから行かなくていい」と言う。

そんなはずはないと車を出したら、ふたりは坂道の入口にいてびっくり!!

 

こんなことが頻繁にあるようになった。

コケるとか、自分にとってネガティブなことほどハッキリ分かるというか、

誰かが伝えてくる(という感覚)。結局間に合わなくてコケるんだけど。

もう少し早めに教えてほしい。笑

 

ついでに言うと、スポーツの勝敗は今のところ的中率100%。

こう言うと、夫はすぐに競馬やれだの言う😆ばかちんが!

 

 

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嵐の件から考える

 

〜店のブログにも書きましたが、思う所ありこちらにも〜

 

嵐のファンというわけではないですが、昨夜のニュースには驚きました。

個人的に大野くんの気持ちはとてもよくわかります。

40歳前後に何かしら立ち止まったり、方向転換したり、新たな道を模索

するのは至って普通のことで、人生を真剣に考えている証拠だと思いました。

 

物事にははじまりがあれば必ず終わりがやってくる。

(休止とおっしゃってますが)だからその途中の道は儚くも美しい。

言ってみれば、わたしたちも1度はじめたことはいつか必ず終わるわけで、

ふと、わたしはその途中を美しく生きているかな?と考えさせられました。

 

 

わたしにとって「店」とは何だろう?

なぜ「店」をはじめ、続けているのだろう?

そしてその「店」はどうありたいのだろう?

 

ひとつ言えるのは、

この店は、自分たちの目指す生き方を表現しているつもりでいるけれど、

わたしの力不足で、現段階ではそれが伝わっているとは言い切れない。

それが「語らずとも伝わる」ような店になって欲しいと願っています。

 

なので、日々店づくりだけをしているのではなく、藪の竹を刈り、

荒れた森を整備し、野菜を育て、芸術に触れてもいるわけです。

ひとつひとつはバラバラではなく、すべては繋がっているという想像力を。

 

 

どんな世の中でも、

自分の主観ひとつで幸福を実感したりできなかったりするけれど、

結局のところ、人は何をもって幸福だと実感するのだろう?

お金だけでそれを実感することに限界があると誰もが気づき始めたけれど、

誰もが満たされる世の中とは、一体どんな世の中なのだろう?

 

いつもそんなことを考えています。

すこしずつ答えが見えてきた今、その答えをシェアしなければならないし、

自分にできる方法で表現しなくてはならない。

わたしたちの暮らしと仕事に垣根をつくらない理由のひとつです。

 

 

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FRaU1月号

 

おばさんになると誕生日なんて、、、と思ってしまうけど、

先日の誕生日はたくさんの方々にお祝いして頂いて本当に嬉しかったし、

大人こそ誕生日を祝い合うって大切なことじゃないかと思った。

 

今日ももうすぐ誕生日の方へのプレゼントを夫と買いに行った時、

ふたりで「彼はどんなワインが好きかなー?」とその人を思いながら

時間をかけて選ぶって、すごく良い時間だと思った。

 

高価な贈りものではないけれど、だからこそ気軽に気楽にお祝いできるしね。

それに誰かの誕生日を祝う、祝われるって、条件なんて何もない、

ただただ生まれてきてくれてありがとうの日。

大人こそお互いの誕生日を祝おう♡

 

 

帰りみちに、1冊まるごとSDGsで話題のFRaU1月号を購入。

SDGsとは2015年に国連サミットで採択された【持続可能な開発目標】の

略とのこと。

 

 

 

 

ここにある「世界を変える17の目標」には、あれもこれも詰め込んだ感

もあるし、巻末の「今日からできる100のこと」の中には、

‘バスタブへの入浴ではなく短時間のシャワーを活用する’など長期的に見て

自分自身の健康の持続があやしくなりそうなものや、やや独りよがり的なもの

もあるなと個人的には思ったけれど(わたしが店をしているから言うわけでは

ないけれど、買わないというのはSDGsではなくて、何をどこで誰から買うかが

大事ではないかと思う)

 

この中から自分だったらこれをやろう、これなら出来るしやってみたい♪

というものを見つけて実践していこうと思った。

 

将来、世界的にこちらの方面にシフトしていくのは時代の流れからして間違

いない。消費者として何を選び、どう暮らしていくのか、世界的なSDGsという

流れの中で自分の立ち位置を考えたい。

ひとつの考えるきっかけを与えてくれたFRaUに感謝します。

 

 

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ネアンデルタール人が絶滅した理由

 

 

穏やかな月曜日。

 

かつて、体も大きく最強だったネアンデルタール人が絶滅して、

体が小さく弱いホモ・サピエンスが生き残ったのは、

ホモ・サピエンスが弱いがゆえに周りとコミュニケーションを

取り助け合ってきたからだそう。

 

人は強いから生き残るのではなく、環境に適応したから生き残った。

 

気候変動がない時のネアンデルタール人は強かったけれど、

氷河期に周りと協力し合えなかったネアンデルタール人は絶滅して

しまった。

 

それは生きものの根本であり、いつの世も変わらない。

ホモ・サピエンスが先祖であるヒトは弱い。なのにわたしたちは、

いつのまにか文明という鎧でそれを忘れている気がする。

その鎧も気候変動や突然のアクシデントには脆いのにね。

 

 

 

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