「裏トモ日記」

福岡県糸島半島にて、
器と暮らしのものKurumianを営む
tomokaの海辺暮らし、日々のできごと。








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悩みがあるということ

 

この番組は録画してSHIHOちゃんのとこだけ見たけど、

後半で、華やかにしか見えないSHIHOちゃんにもたくさんのご苦労が

あったのだろうなあ、、、と思い、思わずこちらまでもらい泣きしそう

になった。

https://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2018/180712-i245.html

 

いつも彼女を見ていて思うのは、

とても今にまっすぐで、人生を真剣に生きている。

だから時に悩み、心を痛め、涙する。華やかに見える人の裏側には、

並々ならぬ努力と運の強さと素直さがあるのだと思った。

SHIHOちゃんにはハワイがぴったりだ。

彼女は日本にいたら辛いことが多いかも知れない。

 

上手く書けないけど、

悩みがあるということは人生を真剣に生きている証拠だ。

 

 

 

40すぎたら惑わないはずがさらに惑い、

いつもわたしの人生はこれでいいのかと考え続けていた。

他にやらなければならないことがあるんじゃないか、

もっとやりたいことがあるんじゃないか、

そんなことばかり考え続けていた。

 

44歳の今なりに出ている結論は、

「今やりたいことを後先考えずやる」しかないということ。

わたしの場合は先のことばかり考えている時の結果は良くなかった。

ある程度、未来に想像をめぐらすことは大事だけど、

そこに固執している間は何の結果も出なかった。

 

わたしが人生を惑いはじめたのは、結婚(入籍)して2週間経ったころ。

ろくに料理もしたこともない若造が仕事も家のこともで生活が一変して、

心から「しまった」と思った。

 

あれから24年。

その間、心が通っていない気がして正直何度も離婚しようと思ったし、

今も時々ものすごく疲れることがある。

 

たぶん人生が終わる時に、その意味がわかるような気がするんだけど、

わたしは途中で、相手に自分の理想を求めたり期待するのをやめた。

そして自分の人生は自分で追求していこうと決めた。

可愛げも思いやりもない人間だろうけど、そうしないとたぶん、

わたしは今ここに生きていないと思う。

 

自分の人生を追求するのは孤独な作業の繰り返しだ。

わたしはいつも孤独だったけど、やる気に溢れていた。

そして孤独はへなちょこすぎた自分を少し強くもしてくれた。

 

でも時々、

温泉のような懐で何も考えず深い眠りにつきたいと思うこともある。

これはきっとわたしの中にまだ小さく小さくカスカスに残っている女の

部分がそう思わせているのかも知れない。

 

金銭的にもその他も夫の協力なしに今のわたしはないけれど、

今も相変わらず何の結果も出しておらず、怒られてばかりの日もあるけど、

人が遊んでいる時に仕事や勉強したりしてきた今までの自分のことは、

自分の手で褒めてやりたい。よくがんばった。人生あと15年。

でも、もうそろそろ惑い、がんばらなくてもいいんじゃないか。

 

・・・と思っていたら、

なんだか楽しい出会いが次から次に増えてきた。

いったい「がんばる」って何なんだ?

人はただ自分に素直でいればいいのかも知れない。

 

わたしは生きるのがとても不器用で面倒くさいやつだ。

たまにシャボン玉のようにパッと消えてなくなりたくなる。

来世とか120%遠慮したい、生きるのは今世かぎりで十分だから、

限りある時間、やりたいことは素直にやっておこう。

それが多少道を外すことになっても。(元々わたしの前に道はないかw)

 

 

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ポツンと一軒家

 

 

毎回欠かさず観ている番組「ポツンと一軒家」。

 

先日紹介された岡山の小さな離島に1世帯だけで暮らす80代と70代の

ご夫婦に釘付けになった。

 

小高い山の頂上に住まわれているから当然不便。

畑や漁でほぼ自給自足だけど、週に一度は舟で買い出しへ。

それを運ぶ作業もひと苦労。

 

生まれも育ちもこの島という80代のご主人は島外に土地も買っていて、

いつ出てもいいとおっしゃっていたけれど、奥様が竹藪に埋もれていた

小さな神社を守るため、ここで暮らし続けるという。

 

竹藪をひとりで開墾し、道を作り、屋根を治す。畑で収穫した野菜や

ご主人が釣ってきた魚を見事な手さばきで調理していく。

奥様はその島に嫁ぐ前は洋裁店に勤めていたので、着る服はなんでも

作れる。年季の入った足踏みミシンをかけている姿の美しいこと!

何よりおふたりともおしゃれ。

 

ブレのない暮らしのスタイルを持つ人はこんなにかっこいいのか。

 

と完全に憧れの眼差しで見続けていた。

人生フルーツのつばたご夫妻も同じ。どこで何をして暮らそうと、

自分のスタイルを持つ人は本当に美しい。

先日の大雨、どうかご無事であられますように。

 

 

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テリトリー

 

 

今朝は台風で折れた枝やとっ散らかったものを掃除したついでに、

溜まった洗濯物、布団、ハンナグッズあれこれを干した。

7月の紫外線に殺菌される洗濯物を見て過ごすのが快感❤

そうこうしている内に妙なスイッチが入ってしまい、

なぜか排水溝まで掃除してやった

このスイッチがどこにあるのか教えてほしい。

 

画像は夫にも触らせないわたしのテリトリー。

読みたい本が手に届くところにある幸せ。

しかし今日の晴れは貴重だ。仕事すっぺ!

 

 

ところで、わたしは子どもの頃から変なクセがある。

何時間でも地図を見ていても飽きないどころか見ていたいというクセが。

それも普通の地図ではなくて、衛星写真のほう。

理由はまったく分からない。

しかし、昔から地理だけは成績がよかった。

これに関しては、全然勉強をしているという感覚がなかった。

他の教科もそうだったらよかったのに。

 

ちょうど昨日の台風停電で何にも使えなくなったとき、

唯一生きているスマホで見ていたのもグーグルマップ。

 

この世界地図の中で好きな場所はこの地域だと決まっていて、

それも、この中国の四川・雲南あたりからラオスにかけて、

まるで上流から下流へと流れるように注ぐ地形に釘付け!

ここだけ誰かにつままれたような妙な地形は何なんだ?

ちなみに、世界中でこんな地形はここしかない。

そして偶然にも、わたしの遺伝子型のはじまりの場所はここという不思議。

 

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春雨の怪

 

 

店内で新作の構想を巡らせていたら、突然吐き気が襲ってきた!

昼ごはんが毒入りだったのか?入れたやつだれだ?

あーそんなことどうでもいい、気持ちわる〜〜

その時ハッと頭に浮かんだのが、お昼に食べた春雨!それも100g!

ビーフンのようにして食べた、、、どうやらこいつが犯人らしい。

春雨は消化不良になりやすいとのこと。緑豆だしね、、、豆って膨れる。

とりあえず梅肉エキスで様子見中。

 

追記13:38
消化系漢方薬とタイガーバームを胃に塗ってみたら楽ちんに!大丈夫そう

 

#春雨 #食べすぎ注意

 

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芸術とは何か

 

 

早朝海でたくさん遊んで、モリモリごはん食べて、お気に入りのウールラグ

の上でお昼寝中。ウールは夏涼しく冬温かいことを犬は知っている

 

 

昨日たまたま出合い読んだ、建築士・前田紀貞さんのエッセイに、

http://maeda-atelier.com/forarchitects/ESSEY/essay02.html

 

芸術とは、ある物を新しい世界として「存在」させて見せる技術のこと。

 

と書かれていた。コーラの割れた瓶のかけらを例に、

 

光にかざして光の反射を通過した薄いグリーンを味わうことができれば、

それは芸術で、ただのコーラの瓶の割れたゴミと見えたのなら、

それは芸術ではない。と。

 

芸術家は、敢えてゴミのようなものにこそ目を向け、

そこに自分の独自な眼差しと構想力で新たな世界観を創出しようとする

のだとも。

 

さらに、芸術としての「存在」とは別に「道具的」と言う言葉で、

反対の意味を述べられています。

 

例えば、バラの花を見たら、言語的に「バラ」と名前を教えてしまう。

本当はバラには匂いがあり、手触りがあり、様々な色を持っているのに。

ことばだけで「理解」することと「感じる」「出会う」ことは違う。

 

この違いは、想像をはるかに超えた人格形成の影響になる。

 

僕はこの点こそが、

今の日本の教育に最も欠如している部分だと考えています。

感じたり、出会ったり、悩んだり、自分で間違ってもいいから、

何とか解決の糸口を見出そうとするよりも、

何かに対していつも「正しい解答」を提出すること。

大きな怪我をしない転び方を身に付けるよりも、

絶対に転ばないことを考えること(転ぶことを想定しないこと)。

でも、答なんて、実はいつも無限にあるんです。

 

震えるほど全く同感。

そして、渡邊十絲子さんの本「今を生きるための現代詩」の中にあった、

谷川俊太郎氏の詩「生きる」が子どもには分からない理由を思い出した。

 

ここで言う「転ぶことを想定しない」ことほど、人生で恐ろしいことはない。

だから簡単に傷つきやすく、打たれ弱くなる。

人生とは時に転ぶもののだ。転んでいいし、転ばないと成長しない。

教育とは、誰もが転ぶものなのだから、その時どうやったらもう一度

立ち上がれるのかを教える場所であってほしい。

 

それは、単にバラを「バラ」と教えることだけではなく、

たまに棘に刺されてみたり、匂いにうっとりしてみたり、花びらで遊んで

みたりすること。人間に五感が備わっているのは危険回避だけじゃない。

その「存在(芸術・想像)」が、たくさんの選択肢を示してくれるからに

他ならない。だから芸術は人間に必要なのだ。

芸術は美しいだけが全てではない。

 

そんなことを、ピカソも岡本太郎も言いたかったのではないかと。

 

教えてもいないのに、ウールが夏涼しいことをハンナが知っているのは、

その「存在」にハンナが皮膚で触って気が付いたから。

このウールのラグは、てくてく堂さんがイングランド産のウールを手で紡ぎ、

糸にしたものを手織りして作ってくださったもの。

わたしが一目惚れし、数年前の自分の誕生日に購入させていただいたいて、

ハンナも今は亡き先住犬のももとあんじも、いつもこのラグの上で寄り添い、

気持ち良さそうにお昼寝していた。

 

言語を持たず自然に近い動物のほうが、もしかしたら、わたしたちより

芸術に近いのかも知れない。

 

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3週間後の変化について

 

 

高雄・台南から帰ってきて3週間。自分でも思わぬ変化があった。

潜在意識?がパワーアップしたのか何なのか、いろんなことを確信を持って

閃くようになった。そして、その閃きがハズれない。

まるで誰かに導かれているかのように閃き、進んで行くことに何の迷いも

恐れもない。さらに考え込んだり、悩まないようになって、毎日が楽しい

本当に不思議だ。

 

台湾にはそんなパワーがあるのかな?

そういえば滞在中、わたしたちも道教の廟を見つけてはお参りしていたし、

ちょうど道教の海の神、媽祖様の誕生日だったそうで、街じゅうに赤い花飾り

が立てられていた。

 

わたしたち姉妹のルーツ(母方)の元を辿れば、中国南部〜台湾〜九州と

常に海を渡ってきたから、海の神様である媽祖様がパワーを与えてくださった

のだろうか。帰国後、妹も絶好調のようだ。

 

街じゅうに立てられていた赤い花輪を不思議に思い尋ねてみると、

「道教には神様がたくさんいて、その誕生日をお祝いしている」とのこと。

開店祝いではなかった。笑

 

 

追記:

台南の街を移動中、気になるお店やホテル、ピンときた街角は、

GPSで現在地をひたすら保存。これで次回の台南旅は自動的にどこで何を

するかが決まる。できれば年内にもう一度行きたい。次回は台北も一緒に。

 

相変わらず長生き願望はないけれど、

もし老後があるようだったら、その時は沖縄の那覇に移住して、

そこをベースに台湾や東南アジアに通いたいなあ、、、と思うようになった。

ただ遊ぶだけで仕事が絡まないとおもしろくないので、

どこにいようと仕事は死ぬまで続けると思う。

 

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外国語習得の目的

 

今朝、この山Pの記事を読んで、外国語習得の本当の目的はここだと思った。

自分の価値観だけがすべてじゃない。たくさんの価値観に触れることが、

思考を自由に柔らかくしてくれるし、誰とでもコミュニケーションできる

強さになる。何より、多様な価値観や文化を知り触れることで、自分が

ひとまわりもふたまわりも成長している実感が出てくると思う。

 

ここで山Pが言うところの「凝り固まった考え」ほど残念なものはなく、

自分の中にあるデータベースの情報量が少ないから(経験値が少ない)

その中で対応せねばならず、それ以上のものが来るとお手上げになる。

 

例えば近年問題になっている「すぐキレる」とか「モンスター◎◎」

などにも繋がっているのではないかと思った。

(元々の性格・性質もあるだろうけど)

自分の周りを見回してみると、経験値の高い人ほど大らかで、

小さなことにうろたえず、どっしりと朗らかに生活している人が多い。

 

経験値で考えの凝りをほぐせば、自分も周りももっと自由でいられる。

凝りを持ったままだと、たぶん、どんどん小さく孤独になっていく。

 

わたしの場合、どこにも行けないときは、もっぱら読書。

それもあまり読んでこなかった本を読むと、新しい世界に触れて、

自分の価値観が広がってくる気がする。それも苦手なジャンルだとなおいい。

 

 

ダイアモンドオンライン

山下智久がハリウッド女優に英語でインタビューできるほど上達したワケ

https://diamond.jp/articles/-/171342

 

山下「日本で暮らしていると、『お金を稼いでいい生活ができれば幸せ』みたいな価値観を持ちやすいけれど、海外の人と話すと、お金がなくても人と人との結びつきが深くて、幸せそうな人がたくさんいます。

英語を話せると、彼らの思いや文化を知ることができるし、凝り固まった考えを持たずにいられる。逆に日本のいい部分にも気づけます。英語を学ぶ意味は、そこにあると思います」

 

 

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自分で選ぶということ。

 

ダイアモンドオンライン

専門家が課題視、「好きな絵」すら選べない日本人 

https://diamond.jp/articles/-/169930

 

これを読んで、これから「自分で決められる人と決められない人」の差が

広がっていくだろうなあ、と思った。

 

この国は、アートに限らず、物を選ぶときには、

有名だから、雑誌に紹介されていたから、流行っているからなど、

自分の好みのうんぬんより、まわりの情報・理由を優先して選ぶ人が

一定数いる。

 

自分で決められないことをいいことに、情報に依存させ、

潤う産業も一定数ある。外部から見ると、そういった産業の顧客は

驚くほどみんな似ている。

 

幼少時からの学校や家庭教育のせいなのか、常に正解を求め、

自分が選ぶもの・ことに自信がなく、周りと同じものを持ちたい、

笑われたくないなど、日本は古来から協調性を重んじすぎて、

間違えることが恥ずかしいという文化を持っている。

当然ながら、そこからイノベーションは生まれにくい。なのに、

言いようによっては、日本はとてもプライドが高い民族性があると思う。

から、日本スゴイ系の番組がたくさんあるのかも)

 

無名でも良いものは良い、好きなものは好きという感覚で選ぶという、

根本的な物の見方が諸外国とは違う。

 

島国らしく、その中で今までと変わらず、はみ出さないように生きていけば

何の不便もないだろうと言いたいけれど、時代は変化している。

どちらかに偏るのではなく、日本独自の良さ、強みを活かしつつ、

変わらなくて良いものと、変わるほうが良いもののバランスが大切だと、

わたしは思う。

 

過去、時代の変化に乗れた人だけが生き残れてきたのだったら、

この変化をどう捉えていくのか。自分なりに考えて実践していきたい。

 

 

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自分で仕事をつくる時代に

 

先日話題になった、ZOZOTOWN(株式会社スタートトゥディ代表取締役

社長)前澤友作さんの記事から。

 

限界まで使え。

世界の前澤が語る「お金を増やす方法」はシンプルだった

https://r25.jp/article/545051307150263563

 

 

「前澤さんお金持ってるし」「極論」「この方だからできる」とか、

いろいろ思う人もいるでしょうが、これを読んでわたしなりに思ったのは、

 

「自分で仕事をつくっていく時代に、

いろいろ経験しておかないとしんどくなるよ」

 

と言いたかったのではないかと。

貯金がすでに2〜3億あるとか、安定した不労所得があるとか、

仕事しなくてもやっていける人は関係ない話だろうけど、時代はどんどん

変わっていく。

 

物欲も含めて、遊んでいる人は強い。遊び=人と関わってるから。

多少のやんちゃさを秘めつつ、失敗も、遊びも経験していたら、

何かあった時にもう一度立ち上がれる強さがあるし、

経験上の引き出しの多さから、会話が広がり、やりたいことの実現や仕事

にもつながっていく。逆から見ると、内向き・縮小の時は金銭的な面も含めて、

周りの反応を気にしたり、同調したがるから面白い人が減ると思う。

(実際に今、減っていると思う)

 

だから、こんな時こそ面白いことをしている人は、余計面白く見えるし、

そういう人は基本的にメンタルが強いから、どんどん伸びていく。

(経験値とメンタルの強さは比例すると思う)

 

先日、JR筑肥線に乗っていて、某国立大学在学中とおぼしき若い男女が、

しきりに「一切遊ばず貯金をしている」という話をしていたけど、

そうさせた世の中が悪いのか何なのか、とても切ない気持ちになった。

 

世の中のせい、みんながそうしてるから、みんながそう言うから、という

何とも日本人らしい発想だけど、変わりたければ少しでも今までと違うことを

しないといけない。

 

あの前澤さんの記事が新R25内で読まれている記事1位になり、

若者になんらかの影響を与えているのは、

 

「今までのままでいいのかな?」

 

という気持ちが彼らのどこかにあるからだと思う。

前澤さんをはじめ、今の40代は昭和生まれでいいよねという人もいるけど、

わたしたちは第2次ベビーブームで受験も就職も競争で大変だった。

給食さえ毎日足りなかったし、教室に生徒が入りきれなかった。

 

どんな時代に生まれようが、良いこともあれば悪いこともある。

それは国も同じだけど、100%満足することはないといっていい。

どんな時代・国に生まれようと、意識のもちかた次第であるなら、

自分と、自分の意識を変えて、自分なりの表現をつづけていくこと。

インプットだけじゃなくアウトプットしていくこと。

小さくても確実に行動に移すことが全てのはじまりじゃないかなあと。

 

 

「今、日本はどんな感じですか?」

「今度行くので日本のことを教えて!」

 

・・・と、2週間前に台湾の元気な若者たちからキラキラした目で言われた

わたしは正直言葉に詰まった。

 

わたしたちの世代とは比べものにならないくらい優しい日本の若者たち。

だからこそ、どんどん外の世界を見に行って、写真撮ってインスタにあげて

終わりではなく、たくさんの人たちと話し、関わり、つながって、そこから

自分に起こる変化を生きる力に変換していく。

 

面白いことを積み重ねていくことそのものが、日々を充実させ、

自分も世の中も回りだし、幸せの実感につながっていくのだろう。

そして、前澤さんは120%「絶対的幸福感」を貫く人だなあと思った。

いまの監視的で閉塞的な日本社会に確実に一石を投じた記事だった。

 

 

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本当にやりたいこととは

 

 

「本当にやりたかったのは、小さい頃やっていたこと」

 

最近こんな話を誰の口からも聞く。

とくに芸術家の人や関係者の人は口を揃えてそう言う。

 

自身を振り返ってもそうだ。

自然の中にいるのが大好きで、

木に登ったり、土を触ったり、虫と植物を観察したり。

かと思うと、何か書いたり、つくったりして遊んでいた。

あまりにも書くから紙が足りなくて、

チラシの裏や新聞紙の空いたところにひたすら書いていた。

 

本を読むことは、祖父がよく絵本を買ってくれたことがはじまりで、

祖父の母(曾祖母)も家事を疎かにするほど本の虫だったらしい。

 

未知の場所に行くことが好きだったり、初対面の人も平気なのは、

持って生まれたものとしかいいようがない。

 

そう、これらは「持って生まれたもの」なのだ。

 

まだ自我が芽生えきっていない時、無意識下でやっていたことだろうから、

当たりまえと言えば当たりまえ。

成長過程で「それをやり続けてどうするの?」と、周りの大人たちから

静かな軌道修正を強いられ悶々と生きていく。

 

正しい道かどうかなんて本人しからわからない。

残り少ない人生、結果は二の次、勇気を出して今やろう。

いや、勇気はいらない。本来の自分の場所に戻るだけのこと。

動いた人だけが変われるようになっているのだから。

 

 

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寿命を決める

 

 

JTBさんに取材していただきました。

いつもありがとうございます❤

 

「いろいろやっていますねー」

と言われることが多くなりましたが、たぶんこれは、

38歳からはじまった謎の体調不良・更年期との付き合い方が

分かってきたからだと思います。

やっと、やーっと、まともに動けるようになってきた、、、。

 

激しいめまいに、頭を斧で割られたような頭痛、

突然止まるんじゃないかと思った胸痛、とにかくだるい、

気分の落ち込み、、、なんてめんどくさい女なんだと鬱々すること7年。

 

今もまったくそれが無くなったわけではないけれど、

いつそうなりやすいのかが分かるようになり、対処もできて、

その日は無理をしないと決めているので、劇的に楽ちんに❤

 

それと、わたしは「終わりがない」というのがイヤで、

長くやっていくほど体力に自信もなく、母は59歳だったので、

自分の寿命を【60歳】と決めています。笑

これ以上生きられるようなら、またその時考えるとして、

あと16年弱なら、いろいろ精一杯がんばれる。 

だから、やりたいことを後回しにしたくないし、

結果を気にしない、ビビらない、

考え込んだって何も変わらない。変えたいなら動く。動きながら考える。

そんな感じでやっていこうと思っとります。

 

 

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消す練習

 

昨日、このブログに「嫌いな人のことは覚えていない」と書いたら、

おもしろい反響があったので補足します。

 

わたしは客観的に自分のことを見て、

ストレスに敏感で、若干打たれ弱いところがあると思っていたら、

以前やった遺伝子検査でも同じ結果が出たので、やはりと思いました。

嫌なことや嫌いな人に接すると、脳がそれ一色になることもありました。

 

それ自体は、

危険回避をするという本能として備わっているものなので、

全部が悪いわけではないのだろうけど、

何事も行き過ぎるとつらいし、

ネガティブなことが脳を占拠している時間はとにかく気分が悪い。

作業効率も悪ければ、生産性もない。

1円の得にもならない。←これ重要

脳の無駄遣い。

 

ある日、それがとてもムダな時間に思えて、考え方を変えました。

 

ネガティブなことがあった時は、

その存在自体を消すイメージで脳の消去ボタンを押す。

または、紙にその存在を書いて破り捨てる。

そして、脳は1度に複数を考えられない特性を生かして、

あえて、あれこれ仕事や作業をする。

 

そんなことで、、、と思われるかも知れないけれど、

練習を繰り返せば、必ずできます。

仕事や作業をしていたら、だんだんどうでもよくなってくるし、

嫌いな人のことを考えるくらいなら、

好きな人のことを考えているほうが単純に楽しいので、

 

好きな人のことや言われて嬉しかったことなどは、

ウヘウヘとねちっこく、しつこく長期記憶するよう海馬に刻み込んでいます。笑

 

要は「自分次第で、どうにでもなる」ということ。

 

わたしは、自分の脳を嫌なことや嫌いな人に占拠されたくないし、

貴重な人生の時間をそんなもののために使いたくない。

 

そんな時は上記の練習を繰り返しています。

すると、いつのまにか嫌いな人の名前すら忘れる。笑

そういう物事、人との波長を外すのがどんどん上手くなっていくから不思議。

 

すべては練習あるのみです。

 

 

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製作と仕事の共通点

 

先日購入したモモンガカーディに早速、胡粉(日本画の顔料)を付けてしまう。

でも全然気にしていない。だんだんと体に馴染んでワークシャツ化してきた。

こんな服が好きだ。この服も成仏するまで着たおすぞ。

 

 

わたしの製作スペースが和紙や素材のピースが増えに増え、たびたび床に

素材をぶちまけたり、和紙のなだれを起こしていたけれど、やっと片付いた。

店の仕事と製作と。どっちも楽しいし、どっちも好きだ。

双方が互いに良い影響を与えてる気がする。

 

書は読めないし、よくわからないジャンルのもののひとつだろうけれど、

線とバランスの美学だと思う。

 

ただ、自分が幼い頃から習ってきたことが全ての美だと思うと、それは間違い

で、自分以外のものを否定すれば、ものの見方や関わり方が縮小していく。

書には多様な流派ごとの、個人ごとの美学があるから、

多様なものの見方や考え方を養うことができることにもつながると思っている。

 

本などではなく「本物」を目の前で見た時に、

この発するエネルギーみたいなものはいったい何なんだ??と素直に驚いたこと

を覚えている。空海の書と空海を真似たものの見分けがつくように、

(科学的に調べると、空海の書は墨の粒子がきちんと揃っていたのだろう)

その人を通してしか出せない何かがあるのだと思った。

 

さらに、日本は余白(間)の美を大切にし、

中国ではそこに「気」が宿ると言われている。

 

最近それがなんとなく分かってきた。

書き手と呼吸をあわせられるような、

なんらかの気配を感じられるようになってきた気がする。

 

自分が書いている時はそこに集中していて、書きながらひらめき、

一朝一夕とはいかないけれど、自然にバランス感覚を身につけることができる

ようにもなる。(きっと多くの書道家はバランス感覚に長けていると思う)

 

この「ひらめき」というのが面白くて、

頭でウンウン考えているときよりも、それは一旦置いといて、

手を動かしている時に勝手に思いもよらぬ方向に動き出したりする。

 

なので、思いどおりに書けない時こそ、書き続ける。

これってもしかしたら、仕事も同じじゃないのかな。

どんな時も長くやり続けるからこそ見える世界がある。

その小さなかけらのひとつひとつに気づいていくこと。

地味だけど、とても大切なような気がする。

 

 

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モノ=豊かさ

 

 

なにげなく外の雨の様子を見ようと目をやったら、このプレートが目に入った。

ここにチーズやオリーブを盛り合わせて、ワインを楽しまれていたりするの

かな。なんて、瞬時に想像した。

 

「モノはいらない」と言われて久しいけれど、わたしにとってモノとは余白で

あり間であると思う。

 

というのは、今あるもの、生活必需品だけで生活するのも良いけれど、そこに

また別のモノと出合うことは、新しいストーリーがはじまり、新たな暮らしの

スペースを生み出すから。

 

わたしがモノを使い扱うようになって、

かけがえのない人とモノとの出会いが数えきれないほどあったし、

様々な縁が繋がり広がっている。実はつい最近も、ひょんなことからこれから

永く続くであろう新たな出会いがあり、それらに何を感じたかというと

「豊かさ」だった。

 

「モノ=豊かさ」なんて、今では古い考えとさえ思われがちだけど、

それだけでは想像力が足りないと思う。

 

もちろんモノは必要ないというのもひとつの選択であり、否定されるものでは

ない。ただ、その価値観に表面的に流されていないだろうか?

そこに本来の自分はいるだろうか?

 

わたしは自分なりにモノを選ぶ目を養ってきたつもりだけど、

モノと暮らしてきたことによって、生産する人や土地に目を向け、使う人の幸せ

を願い、この場所からそれが無限に広がりますようにといつも願っている。

だからこそ丁寧に扱い、美しくディスプレイし、この18年間お届けしている。

 

100人いれば100通りの幸せが広がり、そこからさらに広がっていく。

自分と誰かの人生を豊かにできる、人とモノに直に関わるなんと幸せな仕事だろ

うか。表面だけをなぞるのではない、その奥から匂いたつような仕事。

混沌と不安が共存している時代だからこそ、わたしたちのような仕事は存在する

意味があるのかも知れない。

 

この雨で庭の緑が一層濃くなった。

普段、時間に追われて隅っこに追いやっていた思いが自然と表に出てきた午後。

雨の日にありがとう。

 

 

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表現と成長痛

 

「表現」って、特別な人たちだけのものではなくて、

わたしたちの仕事も暮らしも全部同じだなあ、、、とつくづく思う。

 

わたしは自分の店や糸島での暮らしを通じて、

どんな自分でありたいか、どんな世界を望んでいるのか、

どんな世界で暮らしたいかを細々とでも表現しているつもり。

それが世の中に対して念の強さやヒステリックではなく、

楽しみながらできるようになってきたと思う。

 

そんな時、階段は昇るだけではだめなんだなと悟った。

昇ったり降りたり、ときどき休憩したりすることで、

確実に見える景色があることを糸島に暮らす18年の間に強く体感した。

(これに気づいたのはつい最近のこと)

 

こうやって、人は年齢を重ね成長していくのだろうな。

痛みのない成長はたぶんない。この成長痛を感じながら、

44歳にして人生がおもしろくなってきたと心から思うのは、

実ははじめてかも知れない。

 

 

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めでたい日

 

今日は朝から嬉しい話が4つもあった!

その内のひとつは妹が晴れて車の免許を取ったこと。

たかが免許だけど、なにせ妹は中学もほとんで行っていない実質小卒だし、

10代の時に2度警察に捕まっているので、やっとのやっと!

 

かなりのやんちゃ娘で母は手を焼いたけど、

今では中洲でお店もしているし、友達や仲間もいっぱい

(みんな仲間想いなイイやつだらけ。本当に感謝してる)

元気にたくましく生きてます。仏前の母に報告だめでたい!

 

あとの3つは仕事のこと。

ひょんなことからのご縁で、スムースに、あれよあれよという間に、

いろんなことが決まった。これは、わたしにやれという合図だな。笑

おし!わかった!

 

 

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24周年

 

 

 

今日(3/30)が結婚(入籍)記念日って完全に忘れてた!

大好物のg.o.dさんのタルトをこっそり買ってきてくれていた

オトメンなとうちゃん24周年おめでとうありがとう

 

 

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祈り

 

 

東日本大震災から7年。

当店は営業中でお客様がいらっしゃっても東北へ向けて祈りを捧げます。

同じ時間に居合わせたお客様も自然にみなさん手を合わせられ、

共に静かな時を過ごします。震災はいつどこで起きるか分からない。

今自分に出来ることをやっていく。どんな時も心は東北と共にあります。

 

 

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本当の支援

 

https://pyeongchang.yahoo.co.jp/video/detail/0/5736032735001

 

平昌オリンピックの中で、素直に最も感動した瞬間だった。

国と国に隔たりはあっても、人と人とは越えられる。

 

さらに、小平選手が所属する相沢病院が素晴らしい

有名選手や強い選手だから支援するのではなくて、

無名でも、上手くいかないときでも、その人を見極め支えるのが本物。

小平選手も相沢病院の患者さんや周りの方々に、

この上ないパワーを届け、届けられて素敵な循環だと思いました❤️

 

お金や知恵、才能など、自分を満たしたら世の中のために使う。

これが誰もが幸せを実感する道なのかもしれません。

 

 

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新しい名刺

 

 

「お守りみたいな名刺」というフレーズが決め手となり、

約15年ぶりに名刺を新調。紙はヘンプ(麻)インクは藍色。

自身のルーツに関わりのある素材で作られた名刺を持つと、

本当に先祖たちに守られている気がするから不思議です。

 

活版印刷の窪みにランダムに溜まるインクがまたたまらない。

データも手書きでお願いできたし、紙の種類もインクの色も、価格も納期も、

デザイナーさんのお人柄も全てが素晴らしかった。

 

#活版印刷 #活版印刷名刺 #名刺 #ヘンプ #藍色 #お守りみたいな名刺

#birddesignletterpress

 

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ビジュアルアイデンティティ?

 

教育の場にビジュアルアィデンティティって必要なのかな?

銀座だから特別、泰明小学校だから特別、という校長の意識に

大きな違和感がある。その【特別】な意識で育った子どもたちは、

どんな大人に育つのだろう。

教育の本質が抜け落ちているとわたしは思う。

 

なぜアルマーニ監修の標準服に?

http://www.huffingtonpost.jp/2018/02/07/principalletter_a_23355613/

 

 

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不思議なご縁

 

 

かねてから、ずっと行きたいと思っていたところがあった。

片道4時間ほどかかるので、なかなか行けずにいたけれど、

今日その地域の方から、仕事で来ないかとお誘いがあって驚いた。

 

その地域のことを調べれば調べるほど、偶然の一致の連続。

日程、交通手段、時刻表まで、ひとつも引っかかるところない。

現地でもきっと素晴らしい出逢いがあるだろう。

今からそんな予感がしている。

不思議なご縁に導かれるような気分。こんなことって、あるんだなあ。

 

 

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JOYカード

 

画像に含まれている可能性があるもの:室内

 

仕事はじめの昨日。

お客様に新しく出来たという【オパ】のJOYカードを体験させて頂くと、

ビックリするほど当たってる!想像通りだったので安心して思う道を進めます❤

このJOYカードは4月まで無料で体験できるそうです♪

(余談ですが、この投稿を打ってるところ以前夢で見た、、、)

 

 

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始まりと終わり

 

昨夜のめちゃイケを観て不覚にも涙が出てしまった。

中居くんの1歳下なので彼らと同世代の目線で観ていた。

 

日本一周旅の途中沖縄で「20年後にまたみんなで日本一周しよう」

と中居くんが言った時、福岡で華大と5人トークしていた時、

解散したSMAPと、これから終わるめちゃイケに、

【始まりには必ず終わりがある】というある人の言葉を思い出した。

 

同じ世代の人たちが、ひとつの幕を下ろし、下ろそうとしている。

 

同世代として自分を重ねた時、

わたしも自分の中で昨年終えたものがある。

 

40代は変化の時。20年後、そのまた20年後ももし生きていたら、

表に出せない辛さも、孤独と戦った日々も、

なぜかきっと良い思い出になる気がしている❤ 

見た目には何も変わっていないけれど、2018年からは新しいわたし。

 

はじまりがあれば終わりがある。

終わりがあればはじまりがある。

はじまりのあの新鮮な光は何度感じてもいい。

 

 

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絶対的幸福感

 

 

 

「ココロから好きなことをする」

 

なぜこれがしあわせに繋がるかというと、

それは仏教で言うところの「絶対的幸福感」だから。

 

ココロから好きなことを持つ人は、それだけでしあわせだ。

(好きに理由はない。というのは素晴らしい答えだと思う)

日々それをやりさえすれば、自分と周りを満たし、貢献することもでき、

絶対的幸福感を得られるのだもの。

 

「好きなこと」でも、何かや誰かと比べての好きだったり、

お金を得ることだけが目的の好きだったりすると、

それは本当のしあわせを感じにくい「相対的幸福感」なのだそうだ。

 

他人との優劣は上には上がいるから永遠に満たされない。

今この世の9割以上の人が、この相対的幸福感の中にいるらしい。

 

わたしはずっと「しあわせ」とは何なのか?を考えてきた。

先々好きなことをやるための今をがんばり続けていったところで、

先々にしあわせになるという保証はなにもない。

 

今しあわせでなければ、先々にしあわせなはずがない。

 

周りのことは気にしない、

小さなことひとつからでいい、

ココロから好きだと思うものを数珠のように繋げていく。

絶対的幸福感は、もしかしたらもうすでに自分の中にあって、

ただ気づいていないだけなのかも知れない。

それを探す旅が人生なのかも。

 

 

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リモートビューイング?

 

アメリカ陸軍とCIAとスタンフォード研究所が考えた「リモートビューイング」

とやらが15分練習すれば出来ると知りやってみた。

(この15分という手軽さがいい。笑)

 

雑誌を使ってランダムにページにあるイラストや写真を当てるのだけど、

最初の4回は大はずししかし5回目からはイメージの色や形は連続的中

夫はなかなか信じないので、夫がランダムに言うページの画像を当てると、

やっと信じ始めた。

 

 

画像に含まれている可能性があるもの:1人

 


画像は、夫がお題を出した坂口憲二のマクドの広告。

もちろんわたしはこの広告はまったく知らないし、この時も見えていない。

 

(↓これは本にあったやり方ではなく、わたしが閃きやすいやりかた↓)

 

・ページ数を言われたら、その数字をイメージして集中

・よっしゃ当てるぞ!ではなく、リラックスした遊びみたいな感じ

・しかし脳はそこにフォーカスしている状態

・透視したいものは近くにあってもなくてもいい(距離は関係ないみたい)

 

そして、わたしが出した答えは、

黄色か金色の丸、チョコレート色の縦模様、市松模様みたいなもの。

坂口憲二は全く出てこなかった、、、。彼のこと好きなのになぜ??

その後もやってみて分かったのは、

 

・正解率は70〜80%

・リラックスして集中できる環境にないと正解率は下がる。

・うるさい環境や気が散る場所ではできない。

・「りんご」とは分からないが、赤・丸のようなイメージで浮かぶ。

・ときどき「ヒゲのおじさんが右側を見ている」と具体的に的中する。

・印象が強いものから当てている。

・印象が弱いものは苦手らしい。

 

・・・ということは、好きなのに坂口憲二は印象が薄いのか、、、笑

 

このリモートビューイングとは、

ユングの言う集合的無意識を使うとのことらしく、

だれでも練習すれば出来るようになるのだとか。

毎日練習すれば精度は上がりそうな気がする。たぶん。

 

準備運動?みたいなものとして、やはり「瞑想」が必要不可欠らしい。

その証拠に、瞑想をやったことがない夫もチャレンジしたけど

全く何も浮かばなかったとのこと。

現代人は左脳中心の思考回路なので、最初は出来ないのが普通らしい。

 

わたしの場合、瞑想は日常のようなもので、

「瞑想とは自然や宇宙とのチューニング作業」

であると、常々思いながらやっているので、

集団的無意識に繋がりやすいのかも知れない。

プラス、日々の製作活動が右脳を開かせたのかも知れないし、

そう考えると、いろんなことが腑に落ちる。

 

しかし、なぜこんなことをしようと思ったかというと、

前にも書いたとおり、コラージュを製作するようになってから、

未来の自分を見ているような不思議な夢を見たり、

突然、頭に浮かんだ言葉の通りに動いたら、すごく良い結果になったとか、

ほかにも書けないほど、いろんなことが起こっているので、

これは偶然?それとも何??と本やネットを読み漁っているうちに、

この「リモートビューイング」にたどり着いた。

 

でも、これが出来るからといって、

米軍やCIAに就職したいわけじゃないし(笑)

かといって、何にも役に立たないわけじゃなくて、

本来、自分がめざすところに到達するためのツールになると思った。

なのでこの手のものを極めたいとは思わないし、巷にたくさんあるけど、

これらが本来の目的実現のための手助けになればいいな、と思う。

 

しかし、おもしろいね。

 

古代人は右脳中心→現代人は左脳中心→これからはハイブリッド型

 

なんのために人間には脳が2つあるかってことを考えさせられる。

福山雅治じゃないけど、実におもしろい。

 

 

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母親が、わたしがまだ幼い頃から中国人の先生に気功を習っていて、

当時は日本で気功というと「アヤしい」と親戚からも言われていたけれど、

当の本人はどこ吹く風で、淡々と通っていた。

その時母がまだ幼いわたしに、習ったことを復習するように言っていたのは、

 

「良い気を作るには、よい気を持つ食べ物から」

 

というこようなことを言っていて、

食べ物のほとんどをグリーンコープ(その当時は北部生協)や、

父や母の実家は両家とも農家だったので、

そこから送られてくる野菜や米や穀物、果物でまかなっていた。

 

当時はそれがなんのこっちゃ???だったけれど、今なら確実にわかる。

東洋医学では「気」とは、

 

生まれもった「先天の気」と、

その後自力で摂取する「後天の気」があり、

 

宗気(空気中と飲食物からつくられる)

営気(飲食物からつくられからだに運ぶ)

衛気(体表を流れ、もろもろの進入を防ぐ)

原気(先天的なもの、根本的なもの)

 

これらが基本的な「気」の概念で、

母が言っていたのは、宗気と営気のこと。

 

空気のよいところで、安全な食べ物を摂取するように心がければ、

良い気が巡るからだになるよ。

 

という意味だと解釈している。

 

こういう時いつも思うのは、悔しいかな、母親の影響は絶大で、

今のわたしの思考やベースにあるものの考え方は、

完全に母親ゆずりだということ。

その証拠に、この家には東洋医学・気功関連の本がどっさりある、、、笑

 

ただ、わたしの母親が残念だったのは、

学ぶのは大好きな人だったけど、

それを実践し、モノにする決心と度胸がなかった。

学んで、分かった気になったところで止まっちゃってる。

実践し、自分のモノに出来ていたら、例え先天の気が少なくても、

もう少し長く生きられたのにね、と思った。

 

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いい人生は

 

自動代替テキストはありません。

 

人生はこのタイトルの通り、本当にそう思う。

わたしの周りのイキイキと楽しくはつらつと生きている人たちは、

例外なく皆さんそう❤

 

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力道山?

 

今朝は珍しく寝起きから頭スッキリ!気分爽快!

鼻歌まじりにスパッツ一丁で乾布摩擦していたら、

それを見た夫が一言。

 

「力道山か!」

 

・・・もはや、わが夫婦に愛はなし。

(その前に力道山しらんし)

 

その後、友人が、

「夫婦愛はなさそうやけど、ヒューマンラブよ」

となぐさめてくれたけど、それすらもアヤしい。笑

(現在わたしが中国ドラマの俳優に夢中なため♡)

↓↓↓愛しのウォレスさま♡♡

画像に含まれている可能性があるもの:1人、立ってる

 

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「生きてこそ」

 

普段、夜はニュース以外は、CMの時間がもったいないので、

録画している番組しか観ないけれど(中国ドラマとドクターXとBSの番組)、

毎回「のどじまん ザ ワールド」だけはリアルタイムで観ている。

 

昨夜の「のどじまん ザ ワールド」は今までで1番レベルが高かった!

 

インドのアクシャヤ&スリレイカが歌ったキロロの「生きてこそ」に号泣。

すぐにYouTubeでキロロと、その曲をカバーしているMAYJを聴いたら、

すごく上手いのは間違いないけれど、なぜか心には響いてこなかった。

なんでだろう?と夫に話すと「抱えているものが違う」と一言。

 

自らも歌を歌い、一流の歌に普段から接している審査員も涙を流すシーンが

今回多かった。

 

世界のあちこちから集まった彼らは、勝ち負けでなく、お金でもなく、

あの場で歌うことを素直に心から楽しんでいた。

そんな見えない美しい心と気がストレートに伝わってきて、

見る人、聴く人の琴線に触れたのだと思った。

心から歌うことが好きで、みんな個性が際立っていて素晴らしかった。

優勝してほしかったラオスのアリタも、ケニアの元気娘スウィンキーも、

アメリカのユニサウンドもまた観たい(聴きたい)!

音楽で涙が出たのは何年ぶりだろう。久々に時間を忘れる良い夜だった。

 

 

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