「裏トモ日記」

福岡県糸島半島にて、
器と暮らしのものKurumianを営む
tomokaの海辺暮らし、日々のできごと。








<< August 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 岡山へ2015 <その3> | main | 5月の畑だより >>

岡山へ2015 <その4>

 
今年の岡山は、ものづくりの感度が高い人たちと空間の中で、
時間を忘れるほどしあわせを感じた2日間だった。

ここにいる人たちは「買う」ことが最終目的ではない。
「使う」ことを知っていて、
それが自らの暮らしの中に何をもたらすのかを知っている。


毎年不思議に思うのは、
ここで泣き叫んだり、駄々をこねる子どもを見たことがない。
黙々と手を動かす子たち、
真剣なまなざしで作品を選んでいる人、
語り合う人、あちこちで笑顔が咲いている。

お昼ごはんは、ワークショップブースの真裏にある、
木陰の椅子に座って食べた。
終始、トンテンカンテン、子どもたちの手を動かす音に
何ともいえない心地よさを感じながら。

老若男女が「ものづくり」を通じてここに集う。
なんて穏やかで平和な時間なのだろう。

平和な世の中というのは、
誰かのために手間隙をかけたり、やさしく見守ったり、
血が通い、体温を感じるところから生まれるものなのだと思った。



生活の糧という意識を越えた、
つくり手の「もの」に対する思いや、原料との出合い、こだわり。
いくつもの出合いと工程を経て、ようやくわたしたちの手の中に届く。

わたしはそれをどれくらい伝えてきただろうか?
伝わらなければ、伝えたことにはならない。
つくり手とわたしたちの思いを昇華させ、届けることができているだろうか。

帰り道は、しあわせな気分とこれからの課題が入り混じって、
色とりどりの気持ちで新幹線に乗った・・・ら、
広島を過ぎたあたりで眠りこけ、気づいたら博多駅に着く5分前だった(笑)
こんなに気持ちよく眠ったのは久しぶりだ。



美しいものは、
ちいさな違和感から生まれるのかも知れない。
違和感と対峙して、少しずつ削ぎ落としていく。
美しいものは、ごくシンプルな原料と圧倒的な技術力から生まれることを、
今回目の当たりにして、音を立てるように腑に落ちた。

美と平和。
そのために、わたしたちは何ができるだろう?
今置かれた立場で、じっくりと考えたい。


おわり



トモカのふらりまた旅 | permalink | - | -
Live Moon ブログパーツ
Special Thanks to 屋形船
Hayashida Tomoka

バナーを作成