「裏トモ日記」

福岡県糸島半島にて、
器と暮らしのものKurumianを営む
tomokaの海辺暮らし、日々のできごと。








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アートひとりごと5/26

 
先日、日曜美術館「永遠のモダン・京の庭 重森三玲の庭」で、
東福寺を訪れたジャズミュージシャン菊池成孔(なるよし)氏の

「何にも知らないんだけど、好きなんだよね」

この一言がずっと頭に残っている。
まさに、わたしもお寺の庭が大好きすぎて、
どこか出張へ行く時には、まず近隣にお寺がないか探してしまう。
しかし、仏教徒でもなければ精通しているわけでもない。
あの枯山水の庭が・・・とか、石の配置が・・・などと語る前に
ただ、言いようがないほど好きなのだ。


たとえば絵画を見る時も、
その背景にある作者の人物像や歴史などを知っていれば、
難解なものも分かりやすく、見るという行為に深みが出てくるのだろうけれど、

まずは、対面した第一印象がどうかに尽きる。

日本人が大好きなモネは「きれいだな」からはじまり、
ターナーは、なんと切ない空を描く人だろうと思い、
藤城清治氏の影絵は、接近して見た時のラフさと力強さに驚いた。
そして、石田徹也氏は、もうこの世にはいない人だと確信した。

「好き」なものを見る時は、とても恋愛に似ていると思う。
好きに理由なんてない。誰がどう言おうと、好きだから好きなのだ。

世の中に訴えかけるものであったり、ネガティブな印象を持つものは、
恋愛対象とはまた違った見方をすることになる。

だからアートは面白い。
尽きることのない人の世を、自分の知らない世界を、
作品を通して見て、感じることができる。
お遍路さんの「お接待」ではないが、
「自分も一緒に巡礼させてもらっている」ような気分になるのだ。



近頃よくテレビでお見かけする、山口晃氏は遅筆で知られている。
個展では、未完成の作品が並ぶ。
そこに、申し訳なさそうに頭を下げている彼がいたけれど、
彼の作品は未完成だから良い。

江戸と現代の街並みが1枚に繰り広げられている作品は、
このまま完成させないで欲しいとさえ思った。

なぜなら、実際の街並みも完成されたものではないし、
時間を忘れるほど見入ってしまう、
時空を越えた街並みはどこまでもつづく。
現実と空想のあいだで、
夢の街並みのつづきを想像する余白がほしい。
ファンのひとりとして切に願う。
彼の作品は、未完成で、このまま終わらないでいてほしいと。

彼のファンは未完成を愉しみ愛する人ばかりだと思う。
それが山口晃を好きだということじゃないかな。


西洋は完成された美、日本は未完成の美を愛でると言われるが、
容姿端麗な異性を目の前にしても「きれいだな」と思うくらいで、
実際に恋心を抱くことは少ない。
ちょっとおマヌケな一瞬とか、
ひとには言えないヘンな癖を見つけてしまったとき、
きゅんと恋心が芽生えてくるのはわたしだけだろうか。

菊池成孔氏を見た時、恋心ではないが、
「ついさっきまで飲んでました」的なけだるさといい(失礼!)
リズムを刻むような呼吸の仕方といい、
どこか懐かしい、もしかしたらお会いしたことがあるかも?
なんて不思議に思っていたら、四国でクラブを2店舗経営している、
わたしの叔父にそっくりなのだった。

彼はいつも「儲かったら、大阪でたこ焼き屋をする」と言っていて、
なぜにたこ焼きなんだろうか?と幼ごころに不思議に思っていたが、
彼にとっての「完成」はたこ焼き屋だったのだろう。それも本家・大阪で。
クラブのほうが儲かると思うけどね。
・・・なんて言っていたら、女性に騙されて大金を持ち逃げされたらしい。
男はやさしすぎる。
「完成」までの道のりは長いね。





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