「裏トモ日記」

福岡県糸島半島にて、
器と暮らしのものKurumianを営む
tomokaの海辺暮らし、日々のできごと。








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書の見方とは

 

わたしが再び筆を手にしたきっかけは、

3年前に東京国立博物館で開催された『和様の書』に行き、

そこに来ていた書の先生方が、

 

『絵画はたくさん見にくるけど書は少ないのよ。』

 

とおっしゃっていたのを聞いてから。

 

 

その最大の理由は『書は見方が分からないから』だろう。

わたしも書きかたは習っても見方は習った記憶がない。

(しかし、書きかたの中に見方の基礎となるものは教わっていた)

 

和様の書では、御三家の真筆を前にし、

信長は妖艶で、秀吉は人懐こい、家康は均整が取れた字を書き、

伊達政宗はとてもセクシーな字を書く人だとお見受けした。

 

名は体を表すように、字は人柄を表す。

九州国立博物館館長の島谷弘幸さんが言うには、書の見方とは、

 

 

線の美。筆の機能を最大限引き出せる人が上手い人。

いいものには無駄な動きがない。

安定感を生み出す造形美。

余白の美。空間処理が大切。すなわち全体の調和。

平面の書の立体的な表現。

 

(ちなみに、筆の機能を最大限活かしておられる方で1番に浮かんだのは紫舟さん)

 

 

ここまで紹介させて頂いて恐れ多いが、大切なことが一つ抜けている。

 

まず、その書の前に立ったときに何を感じるか?

やはり良い書には、迫り来る圧を感じるものあり、

爽やかな風が吹き抜けるものあり。

 

絵画より遥かな、究極の想像力の世界だとわたしは思っている。

真筆には、当時の匂いまで伝わってきそうな墨の佇まいがある。

見方と素直に感じる心。

この二つがあれば、書はどこまでも深く面白く、

書いた人と深層で繋がれるような愉しみがつづく。

 

 

 

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