「裏トモ日記」

福岡県糸島半島にて、
器と暮らしのものKurumianを営む
tomokaの海辺暮らし、日々のできごと。








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製作と仕事の共通点

 

先日購入したモモンガカーディに早速、胡粉(日本画の顔料)を付けてしまう。

でも全然気にしていない。だんだんと体に馴染んでワークシャツ化してきた。

こんな服が好きだ。この服も成仏するまで着たおすぞ。

 

 

わたしの製作スペースが和紙や素材のピースが増えに増え、たびたび床に

素材をぶちまけたり、和紙のなだれを起こしていたけれど、やっと片付いた。

店の仕事と製作と。どっちも楽しいし、どっちも好きだ。

双方が互いに良い影響を与えてる気がする。

 

書は読めないし、よくわからないジャンルのもののひとつだろうけれど、

線とバランスの美学だと思う。

 

ただ、自分が幼い頃から習ってきたことが全ての美だと思うと、それは間違い

で、自分以外のものを否定すれば、ものの見方や関わり方が縮小していく。

書には多様な流派ごとの、個人ごとの美学があるから、

多様なものの見方や考え方を養うことができることにもつながると思っている。

 

本などではなく「本物」を目の前で見た時に、

この発するエネルギーみたいなものはいったい何なんだ??と素直に驚いたこと

を覚えている。空海の書と空海を真似たものの見分けがつくように、

(科学的に調べると、空海の書は墨の粒子がきちんと揃っていたのだろう)

その人を通してしか出せない何かがあるのだと思った。

 

さらに、日本は余白(間)の美を大切にし、

中国ではそこに「気」が宿ると言われている。

 

最近それがなんとなく分かってきた。

書き手と呼吸をあわせられるような、

なんらかの気配を感じられるようになってきた気がする。

 

自分が書いている時はそこに集中していて、書きながらひらめき、

一朝一夕とはいかないけれど、自然にバランス感覚を身につけることができる

ようにもなる。(きっと多くの書道家はバランス感覚に長けていると思う)

 

この「ひらめき」というのが面白くて、

頭でウンウン考えているときよりも、それは一旦置いといて、

手を動かしている時に勝手に思いもよらぬ方向に動き出したりする。

 

なので、思いどおりに書けない時こそ、書き続ける。

これってもしかしたら、仕事も同じじゃないのかな。

どんな時も長くやり続けるからこそ見える世界がある。

その小さなかけらのひとつひとつに気づいていくこと。

地味だけど、とても大切なような気がする。

 

 

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