「裏トモ日記」

福岡県糸島半島にて、
器と暮らしのものKurumianを営む
tomokaの海辺暮らし、日々のできごと。








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悩みがあるということ

 

この番組は録画してSHIHOちゃんのとこだけ見たけど、

後半で、華やかにしか見えないSHIHOちゃんにもたくさんのご苦労が

あったのだろうなあ、、、と思い、思わずこちらまでもらい泣きしそう

になった。

https://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2018/180712-i245.html

 

いつも彼女を見ていて思うのは、

とても今にまっすぐで、人生を真剣に生きている。

だから時に悩み、心を痛め、涙する。華やかに見える人の裏側には、

並々ならぬ努力と運の強さと素直さがあるのだと思った。

SHIHOちゃんにはハワイがぴったりだ。

彼女は日本にいたら辛いことが多いかも知れない。

 

上手く書けないけど、

悩みがあるということは人生を真剣に生きている証拠だ。

 

 

 

40すぎたら惑わないはずがさらに惑い、

いつもわたしの人生はこれでいいのかと考え続けていた。

他にやらなければならないことがあるんじゃないか、

もっとやりたいことがあるんじゃないか、

そんなことばかり考え続けていた。

 

44歳の今なりに出ている結論は、

「今やりたいことを後先考えずやる」しかないということ。

わたしの場合は先のことばかり考えている時の結果は良くなかった。

ある程度、未来に想像をめぐらすことは大事だけど、

そこに固執している間は何の結果も出なかった。

 

わたしが人生を惑いはじめたのは、結婚(入籍)して2週間経ったころ。

ろくに料理もしたこともない小娘が仕事も家のこともで生活が一変して、

心から「しまった」と思った。

 

あれから24年。

その間、心が通っていない気がして正直何度も離婚しようと思ったし、

今も時々ものすごく疲れることがある。

 

たぶん人生が終わる時に、その意味がわかるような気がするんだけど、

わたしは途中で、相手に自分の理想を求めたり期待するのをやめた。

そして自分の人生は自分で追求していこうと決めた。

可愛げも思いやりもない人間だろうけど、そうしないとたぶん、

わたしは今ここに生きていないと思う。

 

自分の人生を追求するのは孤独な作業の繰り返しだ。

わたしはいつも孤独だったけど、やる気に溢れていた。

そしてそれはへなちょこすぎた自分に「自分の頭で考える」ことを教え、

メンタルを少し強くもしてくれた。

 

でも時々、

温泉のような懐で何も考えず深い眠りにつきたいと思うこともある。

これはきっとわたしの中にまだ小さく小さくカスカスに残っている女の

部分がそう思わせているのかも知れない。

 

金銭的にもその他も夫の協力なしに今のわたしはないけれど、

今も相変わらず何の結果も出しておらず、怒られてばかりの日もあるけど、

人が遊んでいる時にも仕事や勉強をしてきた今までの自分のことは、

自分の手で褒めてやりたい。よくがんばった。人生あと15年。

でも、もうそろそろ惑い、がんばらなくてもいいんじゃないか。

 

・・・と思っていたら、

なんだか楽しい出会いが次から次に増えてきた。

いったい「がんばる」って何なんだ?

人はただ自分に素直と正直でいればいいのかも知れない。

 

わたしは生きるのがとても不器用で面倒くさいやつだ。

たまにシャボン玉のようにパッと消えてなくなりたくなる。

来世とか120%遠慮したい、生きるのは今世かぎりで十分だから、

限りある時間、やりたいことは素直にやっておこう。

それが多少道を外すことになっても。(元々わたしの前に道はないかw)

 

 

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